第8章 破片と断片④
――俺かよ!
音環は渡された服を着ると、門亜にされるがままに化粧をした。
で?このパニエってどう履くんだよ?あと、この紐っぽいの何?
「音環、ガータベルト先に着けてからパニエ履くんだよ」
あん?今呪文唱えた?
音環が怪訝そうな顔で門亜を見ると、仕方ないなあ、と音環のスカートをまくってガータベルトを腰に回した。
「ほら、タイツ履いて」
ぽん、と門亜は軽く音環の足をたたくと音環の足を上げさせた。
音環は両手で顔を隠しながら、足を上げた。俺……心折れそう。
そして、音環の脳裏に大河の「門亜は何かあると音環の所で大暴れするからな」と言う言葉がよぎった。俺、門亜を大暴れさせちゃったよ。飛んで火にいる夏の虫。秋だけど。
ごわごわして気持ち悪い。音環がむぅ、としていると、門亜は手慣れた様子でもう1つのロリィタ服を着た。
「黒とピンク、いい感じ!」
門亜はそう言うと、音環と鏡合わせのポーズを取った。そして、スマホのインカメラで音環と一緒に自撮りを始めた。
「指を合わせてハートマーク作ろうよ!」
門亜は音環ににっこりと笑顔を向けた。
……仕方ないなぁ。でも、顔色が良くなってきたからいいか。
1時間ほど、ポーズをとってはカメラで写す、を繰り返した。音環は、もうだめ……と言って門亜のベッドに突っ伏した。
「そう言えば、今日平日だけど、仕事は?」
カーテンを開けながら門亜は聞いた。すると、音環はベッドに突っ伏したまま一言
「有休」
とだけ答えた。
そっか……。
ありがとう、と言おうとして、手が止まった。レースのカーテン越しに、見慣れない青のスポーツカーが止まっているのが見えた。ちょうど、音環の車の後ろだった。
門亜は音環のそばに近寄って小声で言った。
「ごめん……やっぱり巻き込んじゃった……」
音環はそっと窓に近寄ると駐車場を見た。自分の車の周りを、1人の男がうろうろしているのが見えた。
「いいさ。門亜だって、こんな緊張の中1人でやっていたんだろ?」
そう言って台所に向かうと音環はテーブルの上の袋をごそごそと漁った。そして豆大福を出すと
「とりあえず食べよう。甘いものを食べると、力が出るってばあちゃんが言ってた」
門亜に1つ渡すと、はぐ、と音環は豆大福にかじりついた。
その時、玄関からドアをノックする音がした。瞬間、互いの心臓の音が大きく聞こえたように思えた。音環と門亜は顔を見合わせた。
音環がゆっくりとドアに近づくと
「おれ~」
とすべっタローの間延びした声が聞こえた。音環はそっとカギを開けた。
「すべっタロー、早く入って」
すべっタローが中に入ると、音環は素早く鍵を閉めた。そして、小声で言った。
「門亜が来るなって言ってたろ」
すると、すべっタローはだってぇ、と言いながら答えた。
「来るなって言うんだもん。だから来たよ。それ……新しいMVの衣装?」
すべっタローの言葉に、音環は両手で顔を隠した。忘れてた。俺、まだロリィタ服だった。
それにしても……すべっタロー、何だか変なにおいがするぞ。
「そう言えばさ、下で音環の車見てた人いたから挨拶したよ」
挨拶したのかよ!音環は唖然とした。
「そうしたらさ、相手の男が『妹が世話になってます』っていうもんだから、オレも『こちらこそ、お世話になってます』って言ってさ。
門亜にあげようと思ってたシュールストレミングが入った瓶を入れたクーラーバックを渡したんだ」
シュールストレミング?
今なんて言った?
なぜ持ってる?いやいや、その前に門亜にあげようと思って、ってどういう意味?
音環と門亜はすべっタローに詰め寄った。
「いや、納屋の中を片づけていたら、缶詰が出てきたんだよ。英語何だかよく分からない文字が並んでる缶詰。しかも上下ふっくらしててさ。
で、捨てるのに中を出さなくちゃなって缶切りで開けたら中の汁が噴き出してさ」
ぶっ。2人は納屋の中で慌てるすべっタローの姿を想像して噴き出した。
「どうにか読んだら、シュールストレミングって書いてあるじゃん。まいったよ。
これ、昨日の話なんだけど、一日掃除してもニオイ取れなくてさ。母ちゃんに怒られるし。で、門亜にあげようと思って瓶に詰めてきたんだ」
門亜……良かったな。先に受け取ってくれるやつがいてさ……。音環は男に同情しながら門亜を見た。
「すべっタロー、ボクはそんな嫌がらせ断固お断りするからね」
門亜は冷たく言うと、窓から駐車場を見た。
「青い車いなくなった」
そして、門亜はスマホで伯父にメッセージを送った。
「シュールストレミングの瓶、開けると思う?」
すべっタローは聞いてきた。
「開けるんじゃないか?と言うより開けろ、だ。まあ、俺ならGPSタグが入ってないかどうかまでは見るな。
それにくれた相手がどんな出方をするか見たいし。捨てるのはそれからだ」
ついでに、開けてくれたら、ニオイで来た奴が分かるからいいな、と音環は思った。
ただ……すべっタローからは、もう何も受け取らないぞ!
「普通は、汚れることも考えて駐車場とか車から出て開けるけどな。
俺、今回みたいなことがあるって知ったから、開けるときは45Lくらいの大きなビニール袋の中に入れて、外から開けるようにするわ」
音環はサラリ、と言った。
それにしても……よりによってシュールストレミングか。よくそんなものをこんなタイミングで発掘したな。
音環がそんなことを考えていると、門亜が
「返事が来た」
と言った。
「音環にも、つけてくれるって。って言っても、危険が来ないと動かないやつだけどね」
半分囮だ、と門亜はつぶやいた。
「音環、今日はオレの車で帰らないか?もうナンバー控えられてるしさ。乗って帰ったら家までついてこられちゃう」
すべっタローは言った。そして、しばらく通勤面倒になるけど、と続けた。音環は言った。
「頼めるか?通勤はバスで行くからいいさ。門亜、カギ置いて行くから何かあったら……いや、普段使いでも使っていいよ。
ナンバーは宮城だから調べても住所出てこないだろうし」
ところが。
「音環……引っ越したらナンバーは変更しないといけないんだよ……」
音環の言葉に、門亜の声は低くなった。やぶ蛇。門亜、白バイ隊員だった。忘れてた。
「門亜の潜入が終わったら変更するよ。今度こそ青森県に県税払うからさ。許して!」
音環は焦りながら門亜に言った。
すぅ、と細くなった門亜の目線に、音環は背筋が冷えるような気がした。
第8章 破片と断片、このエピソードで終わりです。
なぜ門亜と音環とすべっタローが集まると破壊力が増すのか、作っていて不思議です。
読んでくださりありがとうございます。




