第8章 破片と断片②
……ちょっとやつれた?門亜はそう言おうとして言葉を止めた。かりんが助けて欲しい、と言うまでボクからは言えない……。
門亜も軽く微笑むと、コーヒーに口をつけた。
……慌てて頼んだけど、コーヒーはよく分からないや。音環ならこだわりそうだけど、と、大分前に音環の家に遊びに行った時のことを思い出した。
いつもコーヒーを入れているから、コーヒーを入れていなくても、リビングがコーヒーの香りしているんだよね。
音環、の言葉に門亜は心に温かいものを感じた。ふっ、と口元が緩んだ。
「ねえ……モーアちゃん、モーアちゃんって付き合っている人いるの?」
ふいにかりんは言った。
門亜は慌てて顔を上げた。……なんで?と言うように、サングラス越しにかりんの目をじっと見た。
「この前……男の人と一緒にバイクに乗っていたでしょう。モーアちゃんに会いたくてアパートに行ったら駐車場で見かけたの」
かりんはうつむくとポツリ、と言った。
門亜の背中がひどく冷えた。どうやってボクのアパートを知ったんだろう。後をついてきた?確かに、タクシーに乗った後、後ろを見ていなかったな。
かりんは肩を縮こませて両手でカップを持っていた。所在なげなようすに、今にも消えてしまいそうだった。
「あれ……お兄ちゃん……」
門亜はそう言うと、心の中でため息をついた。うかつだった。まさかボクのアパートに来ていたなんて……。
ごくり、と門亜はつばを飲み込んだ。そして、ごまかすようにコーヒーに口をつけた。
「ご、ごめんなさい!お兄ちゃんだったのね!」
そう言うと、かりんはモジモジしだした。先走ってしまった。そう言っているかのようだった。
ほんの少し、いつものかりんに戻ったようだった。
「お店もまだ始まらないし、どこに行っても落ち着かなくて……。
モーアちゃんに連絡しようと思ったんだけど、もし、お付き合いしている人がいるなら邪魔しちゃ悪いかなって……もっと早く連絡すればよかった」
ぽっ、とかりんの頬に赤みがさした。
……後で、音環とすべっタローにしばらく来ないように言わないといけないな。門亜は思った。別に、もう服はいらないし。危ない目にあうのはボクだけでいいし。
ただ……。早く見つけてもらわないといけないから、このことは伯父さんにも言っておかないとな。
かりんさんがつけて来たのに気が付かないくらいだ。もしかしたら、怪しんだ人物か少なくともかりんさんを叩いた男がボクのアパートを突き止めていてもおかしくない。
黙ったまま考え事をしている門亜に、かりんは
「ごめんなさい……怒ってる?」
と恐る恐る聞いてきた。
あっ。考え事していた。気を使わせてしまった。門亜は慌てて、ううん、と言うように門亜は軽く笑みを浮かべると横に首を振った。
「本当?……ねえ、どこに行ってきたの?」
かりんはおどけるように言った。門亜の笑みにほっとしたのか、かりんはふっと肩の力が抜けたようだった。
「……海」
「海!寒くなかった?晴れていたからきれいだったでしょう」
そう言うと、かりんの目線は門亜から外れた。どこか遠くを見ているようだった。
「……私ね、海が近いところで育ったの。こっちには大学で来たんだけど……。帰りたいなぁ。海。見るの大好きなの」
かりんはつぶやくように言うと慌てて手を振ると
「でも、モーアちゃんがいるからまだまだこっちにいたいよ」
首を傾けながら笑顔で言った。
……この破壊力。まぶしいな。門亜はそっとうつむいた。
……ごめんね。ボク、いつもうそをついている。あなたの話は本当なのに、ボクはいつもうそで返している。
カップが少しずつ冷たくなっていった。かりんは残ったコーヒーを飲み干すと、
「弘前城の紅葉が見たかったの。少し歩かない?」
と、門亜に笑いかけた。
――平日のせいか、弘前城は人影がまばらだった。そのせいか、堀に映る紅葉がとてもひんやりとして見えた。
「紅くて……きれい」
かりんはほぅ、と吐息を漏らした。
「仕事していると今の時間、やっと起きて動き出したところだから……。なかなか見に来れなくって」
そう言うと、かりんは門亜の腕に抱きついた。
その柔らかくて軽い感触に、消えてしまうのではないか、と一瞬門亜はドキリ、とした。
ボクから触れたら折れてしまいそうな感覚。もしかしたら……ボクが気が付いていないだけで、最初っからそうだったのかもしれない。
「ごめんなさい。モーアちゃんは今日お仕事よね。会ってくれて……ありがとう」
ううん。心配してた。だから、今日会えて本当にほっとした。
それを口にできたらどれだけ嬉しいことだろう……。
なんで、女性の警察官をトワ・エ・モアのモアに仕立てなかったんだろうね。声をかけることが出来たら、かりんさんだって、もう少し楽になったかもしれないのに。
助けることもできるだろうに。
門亜はそっと、もう片方の手をかりんの手にかぶせた。
「お土産屋さん、いかない?わたし、欲しいものがあるの」
かりんはそう言うと、門亜の手を引っ張った。そして、横断歩道をわたると向かいの大きな建物へ入っていった。
弘前城公園には、今年の冬、行ってきました。
雪ですっぽりと覆われていたのが印象的でした。
ネットに紅葉の時期の公園の様子が載っていて、機会があったら見に行きたいと思っています。




