第8章 破片と断片①
雪虫だ。
門亜はアパートでタクシーを待っていると、目の前を米粒よりも小さい、綿をつけたような虫が飛んでいた。
もう、白バイも乗れないな……。そもそも、ボクは帰れるのだろうか。
ふぅ。門亜はうつむきながらため息をついた。
かりんにスタンプを送ってから1週間以上たつ。無事なのか、それだけでも知りたいんだけどな……。でも、もうボクから送ることはできない。
隣のガールズバーも再開まで、張り紙の通りなら3週間近く待たないといけない。自宅、どのあたり、とか聞いておけばよかったな……。
ちらり、と門亜はスマホの画面を見た。待受画面の上部には相変わらずメッセージの通知はなかった。
ボクは今、どこにいるんだろう?この前のガールズバーの事件では、せめて外に出られたら誰がいたか見ることができた。
そもそも、女性の姿をしていなければ、声を出しても問題なかった。
違う……女性の姿をしていたから、かりんがボクに興味を持ってくれたんだっけ。それとなく聞く、なんて、仲良くならないと聞けないもんな。最初から詰んでいたんだ。
それに……もし、かりんが助けてほしい、と言ったらボクはかりんを連れてどこにでも逃げるよ。ボクが持っていた矜持。なんて薄っぺらいんだろう。
すっ、と流れるようにタクシーが駐車場に入ってきた。門亜はさっと乗り込んで場所を告げると、シートに深く持たれかけた。
別に……もう、そんなに気を使わなくていいんだけどな……。
門亜はタクシーのシートに身を預けながら目を閉じた。
ガールズバーの事件の後、マスターから「物騒だから行きも帰りもタクシーを使うように」と言った時の声を思い出していた。
もう、なんでもいいんだよな……。ふっ、と意識が眠りに落ちそうになった時、タクシーは店の前に着いた。門亜は料金を払うと、領収書をもらって裏口へと回った。
……何もいないし、誰もいない。拍子抜けだ。
門亜は石を蹴るふりをした。
くそ!いっそ、ばれてボクを襲ってくれたら、事件は解決するだろうし、ボクも解放されるのに……。
門亜は空を見上げて大きく息を吐いた。
――かりんからメッセージが来たのはさらに1週間たってからだった。
門亜は、通知が来ないスマホを眺めていると、ふいにメッセージが上がってきた。
『明日、時間があったらお茶できない?』
短いメッセージに門亜はドキリ、とした。すぐに返したら変て思われるかな……。でも、チャンスを逃したくないよ!
門亜はすぐにOKのスタンプを押した。そして、
『この前のところで待ち合わせ?』
とメッセージを返した。すると、かりんからは
『行きたいところがあるんだけど……待ち合わせ、市役所前のコーヒー店でいい?』
と返ってきた。
行きたいところか……。かかとが低い靴の方がいいかな……。OKのスタンプを押した後、門亜が思っているとかりんから
『じゃ、10時に』
とメッセージが来た。門亜はスマホを大事そうに抱えると、別のキャラクターでOKとスタンプを押した。
門亜はベッドから降りると、数日前に音環が持ってきた靴をいくつか見た。
ブーツなら……少し長めに歩いても足が痛くならなさそうだな。
門亜はブーツを持つと、ベッドに腰を下ろした。そして、ブーツのファスナーをおろすと、足を入れてみた。サイズはあっているから……ファスナーを上げて閉まるか、だ。
のろのろと、門亜はファスナーを上にあげた。少しだけふくらはぎが締め付けられるような感触を感じたが、それも一瞬だった。
両方のファスナーを上げると、門亜はそのまま立ち上がった。
音環が、すべっタローが選んできた、と言っていたけど……すべっタロー、いつもピッタリのサイズを選んできてびっくりだ。
あーあ、と言うように門亜はため息をついた。SAKIOTTEの衣装を選ぶのと、違うんだよ。すべっタロー……。
門亜はブーツを脱ぐと、そのままラックにかかっている服を眺めた。
この前の……黒のニットと赤のスカートかな。寒いかな。ブーツに合わせた、キャメル色のコート、それを合わせようかな。
一通り選ぶと、門亜ははぁ、と大きくため息をついてベッドに倒れ込んだ。
疲れたな……。そのまま目を閉じると、門亜はうとうとしだした。
翌日。門亜はバスに乗って弘前市役所に向かっていると、珍しく渋滞に巻き込まれた。余裕をもって出たはずなのにな……。
はぁ。何ともうまく行かない。門亜はため息をつくと、かりんに「10分ほど遅れる」とメッセージを送った。すると
『先に中に入って待ってるね』
と返事が来た。
良かった。会える……。門亜はそっとスマホを抱きしめた。
――門亜はバスを降りると、小走りにコーヒー店に入った。そして、店内をさっと見回すと壁際の奥まった席にかりんはいた。
いた!その時、かりんと目が合った。門亜は軽く手を振ると、カウンターでコーヒーを注文した。
「ごめん……なさい。渋滞に巻き込まれちゃって……」
門亜はコーヒーをテーブルに置くと、かりんに謝った。そして、ちらりと表情を見た。
顔にも、袖から出ている腕にも痣らしいものはなかった。ただ、今までの快活な様子とは違う、弱弱しそうな笑みが気になった。
「大丈夫よ。そんなに待たされてないわ」
かりんはそう言うと、門亜に笑みを向けた。
読んでくださりありがとうございます。
第8章 破片と断片です。
この章は4つに分かれます。また、後半の③と④はちょっと長いです。
ゆっくりと読んでいただければと思います。




