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邂逅  作者: 群青 ひら
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第7章 2回目のデート④

信号が青になると、音環はアクセルを開いた。少し引っ張り気味に回転数を上げると、ぽん、ぽん、とギアを上げて行った。まるで、音環のギターの音に似ていた。


門亜は久しぶりに、ただ身を任せるだけの心地よさに浸っていた。


音環のバイクは、浅虫海岸を抜けるとそのまま海岸線を走り続けた。そして、センターラインがあった道路が少しずつ細くなっていくと、やがて前方に島が見えてきた。


音環はスピードを緩めると、島の手前の開いているスペースに入って行った。そして、バイクを止めるとエンジンを切った。


「調子に乗って夏泊まで来ちゃったけど……帰りは冷えるかもな」


音環はすまなさそうに言った。門亜はバイクを降りると大きく伸びをした。そして


「久しぶりに何も考えないで乗れてよかった。ありがとう。音環」


そう言うと芝生に腰を下ろした。


「空が青いなぁ」


ごろん。門亜はサングラスを外して寝転がって空を見た。まるで、真上を中心に雲が集まっているかのようだった。こうやって見ると、地球ってホントに丸いんだ。


でも。弘前に戻ったらまた偽りの日が続くんだなぁ。門亜の心がきゅっと痛んだ。


しばらくぼんやりしていると、白い絵の具を筆でさっと塗ったかのような薄い雲がゆっくりと流れて行った。


「そうだ、門亜と食べようと思って買ってきたんだ」


音環はそう言うと、タンクバッグから包みを取り出した。


ん?何を買ってきたんだって?門亜はゆっくりと体を起こすと、音環の手元を見た。


「やべ!冷えてる!……久慈良餅だよ」


あーあ、と言うように音環は顔をしかめた。門亜はくすくす笑い出した。


「食べようよ」


門亜はそう言うと、手を出した。


冷えた久慈良餅はむちっとしていた。弾力があり……噛みしめる度にやさしい餡の甘さが口の中に広がった。ぐぬぬ……と言いながら、音環も門亜も久慈良餅と格闘した。


「気合と根性……」


と言う音環に門亜は


「顎を鍛えるのにいいね」


と答えた。冷えた久慈良餅に歯を立てるたび、門亜はなぜか少しだけ笑えてきた。


そして、しばらく2人は無言になった。音環は傍らの自動販売機で温かいお茶を2つ買うと、1つを門亜に渡した。


「勝った!」


久慈良餅に勝ったぞ、と音環は言うと、温かいお茶を飲んだ。


先に食べ終えていた門亜は、顎を両手でさすっていた。


「今度は冷えていたら頑張らないでレンジで温めような」


と顎をさすりながら音環は言うと門亜と顔を見合わせて笑った。


再び門亜はごろんと寝転がった。


芝生は冷えて冷たいくらいだったが、門亜にはちょうど良かった。音環も門亜の隣に寝転がった。


空が吸い込まれそうに高く見えた。


「ねえ、音環」


門亜は隣の音環に声をかけた。


「ぼくと音環の関係ってどんなのかな」


はぃぃ?


「おまっ!何を!」


音環は慌てて飛び起きた。そして寝ころんだままの門亜をじっと見た。


「ごめん。変な言い方で。女の子同士の友情ってよくわからないんだ」


門亜は無表情でつぶやいた。


「ああ、そういうことね……」


頼むから主語か結論を入れて。頭が追い付かないから。音環は額を抑えた。


「最初っから抱きついたり、1つのパフェを2人で食べたり……スプーン、同じの使ってるんだからね」


はい?それは恋人同士がやるやつじゃないの?音環は頭が痛くなってきた。


「ボク男だから女の子同士の友情ってよくわからなくて」


いや、俺も女性のことはよく分からないが……これだけは分かる。そして、出来ればこの話はかかわりたくない。が。これだけは言っておこう。音環は少し息を吸った。


「それ、多分、門亜を女性として恋人として意識していると思う」


は?今度は門亜ががばっと飛び起きた。目を丸くして、音環の目をじっと見た。


「俺もよくわからないが、そんな気がする。銀行にランチを食べる女子グループがあるが、そんな真似しているの、見たことがない」


門亜は崩れ落ちて寝ころんだ。


「ボク男なのに……」


男としての門亜には興味を持ってくれなくて、仮の姿の門亜に興味を持つ。


ただでさえ、偽りの姿で会うのがだましているようで苦しいのに……。そもそも、ボクのことを少しも見てくれていないんだ……。


せめて友だちだったら、だましている心苦しさも少しは軽くなっただろうに。ボクの持つ一面で仲良くなってくれたんだと思えただろうに。


恋は盲目あばたもえくぼ。どこをとってもボクのこと見ていないじゃないか。


「音環……ボクってなんだろ」


門亜は小さくつぶやいた。言葉にした瞬間、ざらっとしたものを胸の奥で感じた。


音環は静かに門亜を見つめた。音環に背を向ける門亜は小さく見えた。


「仕事で女装しているだけなのに、ボク、ホントは男なのに。女性であるように押し込められている気がしてならないよ」


女性であるように押し込められる……音環は門亜の言葉が刺さって痛かった。きれいな服をただ着るのとは訳が違う……それ。


逆に言えば、どんな服を着ようが、女性であるように振る舞え、と言う圧迫だ。


そして、今、門亜の世界は女性であることを前提に回っている。


音環は消えそうな門亜の背中になんと声をかけていいか迷った。


「関わるものすべてが嘘になっていくんだよ。まるで虚数をまき散らかしているみたいだ」


音環は門亜の言葉に面食らった。


ああ……虚数同士かけるとマイナスの符号が出てくるあのあれね。虚数と実数をかけたら虚数になるやつ。相変わらず門亜の例えは一歩斜め上を行っている。


音環は門亜の頭をくしゃり、とした。


「早く終わらせて、いつもの業務に戻ろう。バンドも門亜がいないと練習、締まらないし。やりたくてやった潜入じゃないだろ」


門亜はうなずいた。


「とりあえず帰ろう。弘前に着くころには夕方になっちまう。風邪をひいたら大変だろ」


また、バイクで来るからさ。一緒に乗ろう、と音環は続けた。


再び門亜はうなずいた。そして、ヘルメットをかぶる間際、ふいに門亜は言った。


「おじさんとすべっタロー、いつ仲良くなったんだろ。あれってどういう関係だろう」


音環ははぁ、と息を吐くときっぱりと言った。それでも、その声は、さっきより少しだけ柔らかかった。


「あの二人はきっと複素数だ。掛け合わせると無限に虚数をまき散らす。迷惑だ」


門亜は大きな声で笑いだした。


第7章はこのエピソードで終わりです。

次の第8章から物語は動き出します。

いつも読んでくださりありがとうございます。


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