第7章 2回目のデート③
かりんさんに、何が起きているんだ?
門亜は自分のアンテナが鈍っていることを痛感した。せめて、地の声で話すことが許されたなら。状況ももう少し把握できたし、声でかりんさんを呼び止められた。
もちろん、言い訳だって分かっているんだけど……。
のろのろ、と門亜は店に向かって歩き出した。そして、当分休みを知らせる張り紙を見ては、かりんに次、無事に会えるように願った。
――翌日。門亜は音環にLINEをした。
音環に会いたかった。しばらく青森市に帰っていない。
女性の姿で青森市に帰れないし、男性の姿で弘前市を歩けない。大分深いところまで足を踏み込んでしまっている。
門亜は見えない鎖で自分が縛られていることに気が付いた。
『バイクに乗りたい。乗せて』
そうメッセージを打ち込むと送信ボタンを押した。
音環からは昼頃、メッセージが返ってきた。
『土曜か日曜ならいいよ。ヘルメットは持っていくから準備していて待ってて』
ベッドで突っ伏していた門亜は、音環のメッセージにじわり、と涙が溢れてきた。そして、軽く涙をぬぐうと「ありがとう」と返した。
うん、これであと少し頑張れる。気持ちが少し落ち着くと、門亜は再びスマホのメッセージを見た。
かりんからは、メッセージが来ていなかった。自分から送ろうか、と思ったが男が人前にもかかわらずかりんを叩いたことが気になっていた。
――2人はどんな関係なのだろうか。仮に、彼氏であったとしてもボクとお茶していたのは女性同士としてであって、叩かれるほどの理由はないはず。
仮に、隣の店のキャストと外で会うのが良くない、と言うことであれば、人前で叩く必要はない。通報されたらそれまでだ。
そうすると、何か秘密を共有していて、ボクにその秘密をばらしているのではないか、あるいはばらすリスクがある、と見ているか……。
秘密。ゾンビたばこのことだろうか。
そうなら、会う人すべて疑うことになるぞ。少なくとも、先日の事件を見に行ったのは男性キャストだ。ボクは表に出ていないんだから。
ただ。
あの時かりんさんは『誰かと一緒にいたい』と言っていた。あの男は一緒にいたくない男。と言うことは、普通の関係ではない、と言うことになる。
メッセージを送りたいけど……あの男にボクが追いかけてきたことは知られている。
送れるとして、スタンプかぁ。門亜はスタンプの一覧を探すと、文字が入っていないウルウルしているだけのウサギのスタンプを送った。
何かあったら、頼って。送信ボタンを押すとき、そっと気持ちを載せた。
土曜日。門亜が顔を洗って着替えていると、重低音を響かせながらバイクが入ってくる音がした。
……音環だ!窓からそっと駐車場を見下ろすと、丁度バイクはエンジンを切るところだった。
門亜は慌てて着替えを済ませると、ゼリー飲料を急いでお腹に収めた。
階段を上ってくる音がした。そして、ドアをノックする音がした。
「音環!」
門亜は満面の笑みで迎えた。
「おはよう。門亜。ちょっと入らせて」
そう言うと、音環はヘルメットを門亜に渡して中に入った。
やせた?音環はそう聞こうとして言葉を止めた。聞いたところで、門亜を困らせるだけだ。
事件が解決していないのに、呼んでくれたんだ。なら、俺も門亜の期待に応えないとね。
それにしても……。音環はちらり、と門亜の部屋の中を見渡した。ベッドと服がかかっているラック以外、余計なものがない部屋。まるで、門亜の心の中を表しているようだ。
最も、門亜の部屋は小学生の時から1回も入ったことないけど……。自宅もこんな感じだったらぞっとするな……。
今日の所は、門亜の言うとおりにして、後ですべっタローから様子見の役割を代わってもらおう。すべっタローは優しいから、門亜の望むとおりにするんだよな。
ほっといてほしいと言えばほっとくし……見守ってはいるけどさ。
多分、殻を壊してでも門亜を揺さぶらないと。もうそろそろ危ない……ような気がする。
「お待たせ、音環」
門亜は鍵閉まりを確認すると、靴を履こうとした。
「あ、ちょっと待って」
ドアを開けて出ようとした瞬間、音環は門亜にヘルメットをかぶせた。
「フルフェイスだ!仕事ではこのタイプ被らないから新鮮だよね」
門亜は頬を押されながらしゃべったので、何となくもごもごとした言葉になった。それでも、音環は「ホントな」と言いながら階段を降りて行った。
音環はバイクにまたがるとエンジンをかけた。そして、サイドスタンドを上にはね上げると、スマホのナビ画面を開いた。
「どこに行く?」
音環は後ろにまたがった門亜に聞いた。すると、門亜は
「海が見たい」
と言った。
ここからなら……浅虫海岸かな。時間があったら夏泊半島まで行ってみたいが……。
「とりあえず浅虫海岸方面でいい?もし、時間があったら北上して夏泊まで行こうかと思うんだけど」
音環の言葉に門亜はこくん、とうなずいた。その瞬間、門亜のヘルメットが音環のヘルメットにコツリ、とぶつかった。
「しっかりつかまっててな。って、言わなくても分かってるんだろうけど」
音環はそう言うと、右手のアクセルを開いた。
――すぐに、その加速は門亜の心を揺さぶった。
弱い心は容赦なく振り落とすG加速。音環の背中にしっかりしがみついていないと、今の門亜には置いて行かれるかのようであった。
そして、車体を揺らすエンジンからの振動は、門亜の心臓に直接響いていた。
途中、緩いカーブが続いたが、右に、左にと揺られるうち音環の呼吸に合わせるようになった。自分とは違う場所での加速。減速とアクセルワーク。
怖さより、温かさが心地よかった。――このままでいたい、とすら思った。
こんな風に、誰かに自分を預けるのは、悪くない……。門亜は目を閉じた。
青森市の市街地を抜けると、門亜の鼻を海の香りがくすぐった。
ホタテが食べたいなぁ。ふいに門亜は思った。
変なボク。こんな時に何を考えているんだろう。海の香りなんて、前までは毎日のように嗅いでいたのに。
ぼんやりと門亜が街並みを眺めていると、信号待ちにつかまった。
音環はギアを落としてからブレーキをかけた。その瞬間、叩きつけるようなギアの変速音がすると、エンジンは咆哮を上げ、そして停車と共に静まった。
流れるような音の連鎖に門亜の心はドキリ、とした。ああ、音環もバイクも生きている。
読んでくださりありがとうございます。
昔バイクに乗っていたことがありまして。思い出しながら描いてみました。
私が乗っていたのは400㏄で音環のバイクに比べて小さいですが……機会があったらまた乗りたいです。




