第7章 2回目のデート①
窓際では、魔法少女の格好をしたキャストがお酒を運ぶと常連になったお客と談笑していた。和装ビジュの男性は女性客にせがまれてはチェキに一緒に写って売り上げを伸ばしていた。
門亜も常連のお客がついて「SAKIOTTEのモアにそっくりだね」と言われることが少なくなってきた。
店の外ではガールズバーの女の子が帰って行くお客に手を振っているのがガラス窓越しに見えた。
見慣れた風景になって来たな、と、門亜は思いながらカクテルを作っていた時だった。
ガシャン、という音が門亜の耳に入ってきた。
ガラスの割れるような音だった。続いて、女性の叫び声が響いた。何事だ、と門亜が顔を外に向けた時、表の階段で何かが落ちる音がした。
とっさに門亜が駆け付けようとしたが、男性キャストに止められた。
「僕が行く。あなたはお客様のお相手をしていて」
そう言うと、入り口のドアから出て行った。
凛とした佇まいに、門亜は守られたような気がして悔しかった。ボクだって男だし……何よりも警察官だ!
本来なら、現場に駆け付けるのはボクの方なのに……。
顔色を悟られないようにうつむくと、ふいにカウンターで飲んでいた客が門亜に話しかけた。
「しばらくなかったのにね。コレ」
しばらく?門亜は目線を客に向けると首を少しだけ傾けた。
「いや、だいぶ前もあったんだけどね。たまにヤッてるやつがいるんだよ。女の子に薦めたりとかさ……。いけないタバコ」
「タバコ?」
小さな声で門亜は言った。
「あっ!僕今日はラッキーかも!モーアちゃんの声聞いちゃった!」
客はそう言うと、周りをきょろきょろ見まわしてから門亜に顔を近づけた。
「ゾンビたばこ……らしいよ。僕もよく分かんないんだけどさ。隣のバーでたまに売ってるやつが客としてくるらしいんだ」
そう続けると、お水、貰える?と言った。
門亜は、客の言葉を反芻していた。隣のバーで、と言っていた。伯父さんの言っていたのは本当だったんだ。
とは言え、外に出られないから、それらしい男か女かそう言ったことすらわからない。
もどかしい。
門亜はぐっとこらえると、何事もなかったように客に水の入ったグラスを渡した。
「モーアちゃんは誘われてもやめておきなよ。ゲームの罰で吸わせることもあるみたいなんだ。
前の時もキャストの女の子が強いのを吸いすぎたらしくて、お店を飛び出したっきり見つからなくなっちゃってさ。結局は見つかったんだけどね」
客はそう言うと、再び声を潜めて言った。
「まだ入院しているらしい」
客はポケットから小さなメタリックパープルの箱を取り出すと軽くくわえた。
そして、一口深く吸い込むと門亜にかからないように息を吐いた。その煙から、かすかにミントの香りがした。
『電子タバコ類にフレーバーとして添加するだけでゾンビたばこは出来上がる』
ふいに研修での講師の声がよみがえってきた。
これか。市販のものを利用するから外見からはわからない、と言っていたやつは。
……これは違うんだろうけど。
「モーアちゃんごめんね。タバコ嫌いだよね。一応、臭いの気にならないやつを持って来たんだけど……」
じっと手元を見ていたからか、客はたいそうひどく恐縮したようだった。
門亜は慌てて手を振り、にっこりとした。
「あーもう今日は俺しあわせ!モーアちゃんの声が聞けて笑顔までもらっちゃえるなんて。……チェキはだめだよね」
客は下から目線で、懇願するように門亜を見た。門亜はふいっと横を向いて、ダメ、と手を振った。
「ん-。残念だけどいいや。モーアちゃん、しつこいようだけど隣のお店、たまに来る男がゲームを仕掛けて罰ゲームで飲ませるって言うから誘われても行かないんだよ」
そう言って立ち上がると「お会計」と言った。そして
「同じ大学の奴じゃなければ動画にとってSNSにあげちゃお!じゃね。モーアちゃん」
客は支払いを済ませると早々に音のした方へと向かっていった。
……やれやれ。人の不幸もネットのネタか。とはいえ、僅かだけど貴重な話が聞けたような気がする。
『客としてきた男が、ゲームをし、罰ゲームと称してゾンビたばこを吸わせる』
お酒の席ならありそうな話だ。そのノリで手を出させるのか。
門亜がさっきまで飲んでいた客のカウンター席を片付けていると、和装ビジュの男が帰ってきた。心なしか、青ざめていた。
「道路に出たらしくて、トラックにはねられたらしい」
そう言うと、ちょっとお水貰うね、とグラスに水を注いでグイっと一度に飲み干した。
そして門亜の肩をポン、と叩くと
「行かなくてよかったよ。あなたには刺激が強いだろう」
と言った。
門亜は唇をかんだ。
こんな姿しているけどボクは男の子だ!がん!と床を蹴りたかったが足を上げたところで止めた。潜入捜査がばれたら、誰もを危険にさらしてしまう。
警察官の矜持、警察官の矜持……門亜は繰り返し心の中でつぶやくと、片づけをそのまま続けた。
翌朝。少し遅めに門亜が目を覚ますと、スマホの通知が点滅していた。
伯父さん?昨日の報告以外に何もないよ……。しかも見に行ったのは男性のキャストだ。
眠いよう。寝たふりしようかどうしようか。ふぅ。
誰だ、と、のろのろとベッドから出ると、スマホをそっとタップした。
――かりんからメッセージが入っていた。
『今日、お昼前にお茶しない?この前のお店……どうかな』
門亜は時計を見て考えた。今からなら、準備はきっと間に合う。
どのスタンプにしようか……門亜はスタンプの一覧を開くと、OKと横に書かれている、耳で目を隠したウサギのキャラを返した。そして、台所に行くと慌てて顔を洗った。
確か、黒のニットがあったはず、と門亜はハンガーラックのフリルの群れから深紅のスカートを発掘すると、ニットセーターを探した。
焦るな……焦るな、ボク。ロリィタより時間かからないはずだから。それに。突っ込んで聞くな。男だとばれる。
門亜は黒のニットセーターを見つけると、加圧インナーに着替えた。
そして、ニットをかぶってスカートをはくと、ベッドに座ってメイクを始めた。
うーん。慌ててオールインワンで肌を整えたから、ファンデーションがよくのらないよう。
ぶつぶつ言いながらファンデーションを乗せて行くと、最後に軽くハケで顔をひとなでした。馴染みわるっ!
それでも、朱に近い赤の口紅をさっ、と引くと気持ちが引き締まった。
うん。余計なことを言わない強めな顔。……出来るかなぁ。心配していたんだ、って言っちゃいそうだよ。
ふぅ。門亜はアプリを開いてタクシーを呼んだ。そして、門亜は仕事で着る服をカバンに入れると、サングラスをかけて部屋を出た。
読んでくださりありがとうございます。
第7章は4つに分かれます。
元の章が長めでしたので一つ一つのエピソードが長くなっています。
ゆっくりと読んでくだされば、と思います。




