第6章 閑話休題 ROUND1
しばし、机の前で男は頭を抱えていた。
彼を悩ませていたもの。それは机の上に並べたレシートの山だった。
――ドレス(紫)、ワンピース(赤)、ロリィタ(ピンク)一式。
――ケーキセット。
門亜の伯父ははぁ。と深くため息をついた。そして、吐いた息で飛んで行きそうになったレシートを手で慌てて押さえた。
普通に持って行ったら……白い目で見られるよな……。
つい先日、他県の県議会議員がパパ活の疑惑でニュースになったばかりである。そして、朝礼でも疑われるようなことは慎むように、と話があったばかりだ。
ケーキセットくらいだったら、自腹を切るが……服はとんでもなく高い。しかもロリィタって……何でこんなにごちゃごちゃと部品があるんだ?なんだ?!パニエって!
過去に精算を忘れて、結果として自腹を切った形になったのがばれた時、妻にめちゃくちゃ怒られたな……。
伯父はその時のことを思い出して身震いをした。しかも内訳を聞かれたら、家庭の危機だ!
仕方ない、上長に相談しよう……。レシートを持って立ち上がった時だった。束にしたレシートのうちの1枚がひらり、と落ちてしまった。
「落ちましたよ」
たまたま隣の席にいた若手の刑事がレシートを拾った。そしてちらり、と見えた「ワンピース、パニエ、ガータベルト……」の文字に顔をこわばらせた。
「ありがとう」
伯父は何事もなかったように受け取った。下手な言い訳は、黙秘より心証が悪い。
やっぱり、門亜に潜入させるよりうちの若手を客として直接ガールズバーに潜入させる方がよかったかな。まあ、そっちの方がよっぽど危険だけどな。
とぼとぼと、上長のいる席へと伯父は向かった。
――結果として、部長の決裁を仰ごうと言うことになった。そして、あっさりと決済が下りるとそのまま書類を書いて精算のルートに乗った。
さすが、部長決裁。
受け取った経理の職員の目が一瞬丸くなったが、部長の決裁印が職員の思惑を打ち抜いた。
そもそも俺は何もやましいことはしていない。なのに何だって精算するのにこうも気を使うのか。
……まあ、お互いお役目だから仕方ないよな。
伯父は、席に戻ると、出かける準備をした。
昨日、昏睡状態にあった大学生の意識が戻った、と連絡があった。ゾンビたばこを吸った後、どこかにふらふらと出て行ってしまい、別の店の前で見つかった、と言う事件だ。
暴行の形跡はなかったから、昏睡の原因は薬物によるものだろう、と言うのが医者の見解だった。
目が覚めるまでひと月。長かったな……。
少しでも解決に向けて進めばいいが……。伯父の脳裏には封筒に貼ってあった門亜のプリクラ写真が思い浮かんでいた。
隣のガールズバーの子とお茶をした、その証拠写真らしい。一瞬見た時、門亜とはわからなかった。もし、似ていると思われてもいとこの姉妹、と言えば通ってしまうだろう。
戸惑い、あきらめ。伯父にはプリクラの門亜の写真を見て、感情が少しずつ抜け落ちているように思えた。
せめて、事情を知る友人とつなぎを取らせれば、とすべっタローを弘前にやったが……。それでも、この役目は門亜には重たかったか。
門亜とすべっタローにはコッソリ警備をつけて、万が一の時は解決より安全を優先するようには言っておいたが……。色々とやりすぎたな。
伯父は外に出ると空を仰ぎ見た。
3か月、と言ったが果たして本来の職務に戻れるかどうか。数日前の夜中のLINEは俺でも怖いものがあった。
万が一、白バイから降りるようなことがあったことを考えて、刑事の職務に触れさせてみたが……嘘がつけない、とは知らなかった。
単身赴任で岩手に行ったっきりの……いわゆる別居婚状態で普段から父親がいない門亜の父親代わりに関わってきたつもりでいたが……よく知らなかったな。
最も、自分の子どもですら「何も知らない」と拒絶されるくらいだったからな。
伯父はエンジンをかけた。そして、もう1人の刑事が助手席に乗り込んでくると、弘前に向かって車を走らせた。
夕方、伯父が聞き込みから帰ってくると、居室の中の自分を見る目線が妙に生ぬるいことを感じた。
「パニエ……どうやって買ったんだろう……」
そんな声が聞こえて来た。
「しっ!捜査で必要だったんですって。まさか直接買いに行ったのかしら……」
パニエ……?あっ!伯父は隣の席の刑事を見た。
レシートの中身が居室全体に知れ渡っている!守秘義務はどうなっているんだ!
伯父は自分のことは棚に上げ、心の中で大きく叫んだ。そして、隣の刑事をじろり、とにらんだ。
若手の刑事は、肩をすくめて縮こまると、しょんぼりとして言った。
「すみません。にやけていたら先輩にしつこく聞かれてしまって……」
まったく。捜査の中身が漏れるのはこんなところからなんだろうな。
ふぅ、と軽く息を吐くと伯父は言った。
「ああ、いい、いい。ただ、捜査に関係する内容も含まれるから、今度からは言わないでくれ」
そして、何事もなかったように椅子に座った。その時だった。
「工藤さん、この封筒どうします?プリクラ、資料とかだったりしません?」
そう言いながら経理の職員が居室に入ってきた。プリクラ、の言葉に居室の職員の目が向いた。
押収資料ではないプリクラ。50代後半の男とプリクラ。間に何か挟まないとつながらない言葉の羅列に、居室の職員は興味を向けていた。
経理の職員は、伯父を見つけると封筒を渡した。そして、あっ!と小さく声を上げると、
「あれ?やだ!プリクラ、どこに落としちゃったかしら」
と言い出した。すると、入り口近くにいた職員がさっと床に落ちていた白いシール状のものを拾った。
「これじゃありませんか?」
そう言うと、その職員はシールを表面に向けた。そして、写った面を見た職員はそのすました顔の口元をわずかに動かした。
……だよな。伯父はがっくりと肩を落とした。メイドカフェとか、そう言った店の女の子からの「ナニカシラ」に見えるよな。それにしても、何だってこんなタイミングで落とすんだ!
「ありがとう」
そう言って受け取ると、伯父は手帳の最後のページにプリクラをはった。
読んでくださりありがとうございます。
第6章はこのエピソードのみになります。
閑話休題……伯父の精算の章です。
ちなみに、ずっと後ですが「バラした若手刑事」は天の裁きを受けます。




