第4章 控えめにしてください④
よいしょ、と大きなゴミ箱に袋を入れていると、背後に人影が見えた。そして、その影が近づいてきた時、門亜の呼吸はゆっくりになった。
げっ。誰だ?待ち伏せのお客?それとも?影が……ちょっと小柄だ。後ろを振り向いてみるか?
門亜は腰をかがめるようにしてゆっくりと振り向いた。すると、カジュアルな服装の女性が腕を組んで立っていた。
街灯が女性の後ろから照らしていたせいか、表情は見えなかった。
門亜はアイマスク越しにじっと女性を見た。
お客では見かけたことないな……。カジュアルで軽装、と言うことは隣のガールズバーか?まさか、ターゲットと言うことはないだろう。
周りにだれかひそんでいないか?門亜は周囲の音に集中した。息遣い、体温……それらすべてに耳を傾けた。
しかし、門亜の耳に聞こえてきたのは、女性の深く呼吸をする音だけだった。
腕を組んでいた女性は一歩、門亜に近づいた。そして、その呼吸を止めると、
「素敵な衣装よね。しょっちゅう変えているけど、だれか買ってくれる人でもいるの?」
小さく低く、それでもはっきりと聞こえる声で言った。
「うちの売り上げ、上がらないの。少し遠慮してくれない?」
……そっちか。気は緩められないけど。門亜はさらに周囲の様子を探った。会話に集中させて拉致をする。よくある話だ。
とは言え。黙っていても悪化しそうだな。うーん。
こうだったな。門亜は肩を少し丸めて頭を少し横に傾けるとモジモジしているような仕草をした。
……前に、大河に『モジモジしている』と言われた時は腹が立ったけど、仕草を真似してもらっていて助かった!
門亜はうつむき加減に女性を観察していると、ふいに空気が変わったような気がした。
「ちょっと。あざといんだけど」
相変わらず、小さく低い声だったが、その声は怒りを含んでいた。
……しまった。怒らせた。門亜の脳裏に、交番に来て苦情を言うおばあさんの姿が思い出された。こじれるし、対応完了まで時間かかるんだよな……。
なだめたくても、声を出すわけにはいかないし。
そう、門亜が今度は本気でモジモジしていると
「なにやってるの!他のお店のキャストにからんじゃだめじゃない!」
と言う声が頭の上から聞こえてきた。続いてカン、カン、と外階段を慌てて下りてくる音が響いた。
「ごめんなさいね」
軽く息を切らせながらその声の持ち主は言った。柔らかい、少し高めの声だった。
肩にややかかるくらいの緩やかなパーマヘアーが街灯に透けて見えた。
「ごめんね。この子焦ってて」
そう言うと、頭をぺこり、と下げた。
門亜は大丈夫、と言うように両手を小さく前に出して手を振っていると
「モーアちゃん、大丈夫?」
と和装の男性キャストが顔を出した。そして、2人に囲まれている門亜を見て慌てて階段を下りてきた。
「モーアちゃん、て言うのね。本当にごめんなさいね。わたし、かりん、って言うの。改めてお詫びに行くわ」
そう言うと、かりんは女性の肩を抱いて階段を上がって行こうとした。男性キャストはすれ違いざま、ちらり、と2人を見た。そして何も言わないで門亜のもとに来た。
「モーアちゃんごめんね。トラブルになると危ないから今度からは2人でゴミ出しをしよう」
そう言うと、残ったごみの片づけを手伝い始めた。
門亜は、階段を上っていく2人をちらちらと眺めた。かりんは女性に何か話しかけているようだったが、門亜の方を振り向くことはなかった。
どちらもターゲットじゃないのか。門亜はほんの少しだけほっとした。
翌日、開店前にマスターは隣の店へと出かけて行った。そして、20分くらいして戻ってきた。
「お詫びにって、ハーブティ貰っちゃったよ」
ニコニコしながらマスターは言った。
「きゃぁ!わたし今日ちょっと二日酔いしてるのよね!カモミールティある?」
和装ビジュの女性キャストが言った。続いて、わたしも、と魔法少女の衣装に着替えたキャストも寄ってきた。そして、
「またメイク忘れてる」
と、あきれたように言った男性キャストに、声にならない声を上げると更衣室へ戻っていった。
いつもの光景だ。門亜はふっと肩の力が抜けた。
その時だった。
準備中、の札が下がっているガラス戸を覗く影が見えた。門亜はふい、と目線を向けるとふんわりとしたパーマヘアーが見えた。
かりん、とか言ったな。
門亜は昨日の声を思い出していた。改めてお詫びに行くわ、と言っていたけど……。
すると、男性キャストが入口に向かって行った。
「どうしたの?」
男性キャストはかりんに声をかけた。かりんはちょっとだけ戸惑うと、中をひょい、と覗いて
「あ、モーアちゃん」
と門亜を呼んだ。門亜はドアへと向かった。
「あの、これ……買ったんだけど良かったら」
そう言うと、手のひらに乗るくらいの小さな箱を渡した。くるくるとカールをしているリボンが愛らしかった。
きょとん、としている門亜に
「今度お茶しましょ!」
かりんはそう言ってガールズバーに戻って行った。
後ろから覗き込んでいた魔法少女のキャストが
「開けてみよ!開けてみよ!」
と騒いだ。その勢いに負けて門亜がリボンをほどくと、中から津軽びいどろ、と書かれた箱が出てきた。そして、箱を開けると、透明なリンゴの形をしたガラス細工が出てきた。
「きれいねぇ!」
魔法少女のキャストはため息をつきながら言った。
「これ、インク壺ですって。そのままでも十分きれいよね」
そう言うと、目の保養になった、と言いながら店の奥に戻って行った。
なんなんだ?お詫びならマスターが受け取ったのにな……。
まるで何かが勢い良く飛び込んできたようで、門亜は戸惑った。
読んでくださりありがとうございます。
この章はこれで終わりになります。
章を通じて、門亜の着せ替えだったなと思います。




