↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された宮廷料理人の俺、辺境の食材を調理したら魔王も惚れる最強バフ飯になりました。  作者: あおしぃ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/9

第2話「辺境の村と、朽ちた畑」

ハルムという村に着いたのは、王都を出て三日目の夕方だった。


 街道を外れて山道に入り、さらに半日歩いた先にある。地図には名前すら載っていない。道を教えてくれた旅商人が「あそこは何もないぞ」と言った理由が、村の入口に立った瞬間に分かった。


 畑が、死にかけていた。


 石垣で区切られた区画に、黄ばんだ作物がまばらに立っている。土が白っぽく乾いている。水はあるのに根が吸い上げられていない。土地が痩せているのではなく、何かが足りない。肥料か、あるいは別の何かか。


 テアが俺の袖を引いた。


 「あそこに人がいます」


 村の入口近くに、老人が一人立っていた。背中が少し丸まっているが目は鋭い。白髪交じりの短髪、土仕事で節くれだった手。村長格の人間だろうと思った。


 「余所者か」


 開口一番がそれだった。


 「はい。しばらく置いていただけないかと思って来ました」


 「何ができる」


 「料理人です」


 老人が俺をじっと見た。目つきは悪くない。疑っているというより、値踏みしている。長年人を見てきた目だ。


 「料理人。剣も魔法も使えんのか」


 「使えません」


 「役に立たんな」


 「腹が減った人間に飯を作ることはできます」


 老人がしばらく黙った。


 「……ゴードンだ。この村の村長をやっている」


 「ルークといいます。こっちはテア。俺の連れです」


 テアがぺこりと頭を下げた。ゴードンはテアを見て、それからまた俺を見た。


 「一晩だけだ。飯は自分で用意しろ。空き家を使っていい」


---


 空き家は村の外れにあった。


 かなり年季が入っているが、雨は凌げる。かまどもある。水場は近い。俺には十分だった。


 テアが荷物を下ろしながら言った。


 「あの村長さん、怖い人ですね」


 「悪い人間じゃない」


 「でも一晩だけって」


 「まず飯を食わせれば変わる」


 テアが首を傾げた。俺は荷物から包丁を取り出しながら、窓の外の畑を見た。


 この村で手に入る食材を把握する必要がある。明日の朝、一度外を歩いてみよう。


---


 翌朝、日が出る前に起きた。


 村の外れから歩き始めた。畑の脇を通り、森の入口を少しのぞいた。野草の種類を確認して、土の匂いを嗅いだ。川沿いに行くと小魚が泳いでいた。


 思っていたよりずっと、食材になるものがある。


 村人が気づいていないだけで、この土地にはまだ使えるものが残っていた。森の縁に生えている草は、正しく調理すれば立派な香辛料になる。川の石の裏に張り付いている小さな貝は、出汁が出る。畑の隅に雑草扱いされている植物の中に、炒めると甘みが出る種類があった。


 村に戻ると、テアが起きて水を汲んでいた。


 「何か見つかりましたか」


 「思ったより使えるものがある。今日の飯は楽しみにしておけ」


---


 朝食は村長のゴードンに持っていくことにした。


 使った食材は、川で捕った小魚、森の縁で採った香草数種、畑の隅で拾った雑草扱いの葉野菜、それと持参の乾燥豆。


 小魚は内臓を丁寧に取り除いて、香草と一緒に弱火でじっくり煮た。香草の選び方が肝で、互いの香りが喧嘩しないよう組み合わせを考えた。葉野菜は炒めて塩だけで味つけ。豆は前夜から水で戻しておいたものを潰して、焼いた。


 品数は多くないが、それぞれがきちんと仕事をする献立だ。


 ゴードンの家の戸を叩くと、しばらくして老人が出てきた。


 「なんだ」


 「朝食です。受け取ってもらえますか」


 ゴードンが器を見た。小魚の煮汁から立ち上る湯気と、香草の匂いが漂っている。


 老人が少し間を置いて、戸を大きく開けた。


 「上がれ」


---


 ゴードンは黙って食べた。


 俺は隅に座ってその様子を眺めた。テアはゴードンの向かいに座り、自分の分を少しずつ食べている。


 小魚の煮物に箸をつけた瞬間、ゴードンの目が少し変わった。たぶん本人は気づいていないが、眉間の皺が一本減った。葉野菜の炒め物を口に入れたとき、箸の動きが少しだけ速くなった。


 全部食べ終わって、ゴードンはしばらく器を持ったまま動かなかった。


 「……この魚、どこで取った」


 「川です。石の下の浅いところに固まっていました」


 「あの魚は臭みが強くて食えたもんじゃない。村人が皆避けとる」


 「香草の選び方次第で消えます。あと煮る火加減ですね」


 ゴードンがまた黙った。それから俺を見た。


 「この葉っぱは何だ。畑の隅に生えとる雑草じゃないか」


 「そうです。炒めると甘みが出ます。捨てるのはもったいないと思って」


 老人がため息をついた。怒っているわけではなさそうだった。


 「……よそ者は信用できん」


 「そうですね」


 「ただし、飯の腕は別だ」


 俺は頷いた。


 「空き家、もう少し借りてもいいですか」


 ゴードンがしばらく間を置いた。


 「好きにしろ。ただし村の邪魔はするな」


 「承知しました」


---


 その日の夕方、俺は村の中を一回りした。


 住人は二十人ほどで、老人と子どもが多い。若い男は出稼ぎか戦に取られたのだろう。畑は五区画あるが、まともに機能しているのは半分だけだ。残り半分は土が固くなっているか、水はけが悪くなっている。


 気になったのは、一番端の区画だ。


 この畑だけ、土の色が他より少し暗い。水気もある。なぜここだけうまくいっていないのか、見た目では分からない。


 しゃがんで土を手に取った。匂いを嗅ぐ。


 悪い土ではない。むしろいい土だ。何かが欠けている。


 明日、ここの近くで料理をしてみようと思った。


---


 三日後の朝だった。


 テアが俺を起こしに来たのは日の出直後で、その顔が妙に興奮していた。


 「ルークさん、来てください」


 「どうした」


 「畑が……畑が変です」


 外に出て、俺は少し目を細めた。


 一番端の区画の作物が、青くなっていた。


 三日前まで黄ばんで萎れていた葉が、今朝は艶を取り戻している。茎が真っ直ぐに立っている。土の表面に細かい水気が宿っている。


 死にかけていた畑が、一夜で息を吹き返していた。


 「なんで……」


 テアが呟いた。その目が俺とそれから畑を交互に見ている。俺にはその視線の意味が分からなかったが、テアは何かに気づいているような顔をしていた。


 村人が数人、騒ぎを聞いて集まってきた。ゴードンも来た。


 老人は畑をしばらく無言で見つめた。それから俺を見た。


 「お前、何かしたか」


 「いいえ。ここで料理を作っただけです」


 ゴードンが眉間に皺を寄せた。


 「料理を作っただけで畑が……」


 「気のせいじゃないですか」


 俺は立ち上がって、かまどの方へ歩き始めた。


 「朝飯の時間です。今日は昨日と違う野草が見つかったので、試してみます」


 背中の方でゴードンが何か言いかけて、飲み込む気配がした。テアが小走りで追いかけてきた。


 「ルークさん」


 「なんだ」


 「……あの畑、やっぱりルークさんの料理のせいだと思います」


 「そうか」


 「そうかって、驚かないんですか」


 俺は少し考えた。畑が青くなったのは確かだ。ただ、理由は分からない。食材の旨みを引き出すために火加減を調整しただけで、他に何もしていない。


 「旨けりゃいいんじゃないか」


 テアが「もう」という顔をした。


 俺はかまどに火を入れた。今日の朝飯は何にしようか。昨日見つけた野草の根の部分、あれを使ってみよう。土臭さを抜いて、どんな味が残るか確かめたい。


 小さな足音が隣に立った。テアが袖をまくって「お手伝いします」と言った。


 「水を汲んできてくれ」


 「はい」


 走っていく足音を聞きながら、俺は包丁を取り出した。


 悪くない朝だと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。