第十六話 残された時間
倉庫の中は
静かだった。
リディアの言葉が
まだ残っている。
「ところであなた」
「私たちと組まない?」
クロエは
すぐには答えなかった。
リディアを真っ直ぐ見る。
「理由は?」
リディアは
少しだけ口元を緩めた。
「話が早くて助かるわ」
⸻
リディアは
倉庫の奥へ歩く。
他の魔法使いたちは
黙って道を空ける。
古い木箱の上に
一枚の紙が置かれている。
地図だった。
アルディアの一角。
教会の施設。
地下牢の位置。
見張りの数。
周囲の通路。
逃げ道になりそうな裏路地まで
細かく書き込まれている。
リディアは
その地図の一点を指した。
「ここ」
「東教会の地下」
アイリスが
眉をひそめる。
「牢?」
リディアは頷く。
「ええ」
そして
少しだけ表情を変えた。
「最近、一人捕まったの」
倉庫の空気が
少しだけ重くなる。
クロエは黙って聞く。
リディアが続ける。
「名前はユノ」
「十四よ」
アイリスが
小さく息を呑む。
「……私たちと変わらないくらいじゃない」
後ろにいた女が
苦い顔をする。
「子供だからヘマしたわけじゃない」
クロエが聞く。
「じゃあ何で捕まった」
リディアは
少しだけ目を伏せる。
「信じたのよ」
倉庫の中が
さらに静かになる。
アイリスが小さく言う。
「……誰かに?」
リディアは頷く。
「ええ」
「自分が魔法使いだと打ち明けた相手に」
後ろの女が
吐き捨てるように言う。
「そのまま教会に売られた」
別の女も
冷たく言う。
「金のためか、保身のためかは知らない」
「でも結果は同じ」
アイリスは
そこで小さく拳を握りしめた。
クロエは
黙って地図を見ている。
リディアが静かに言う。
「ユノは人を信じた」
「それで捕まった」
⸻
その時だった。
倉庫の隅で
ずっと黙っていた女が
一歩前に出た。
金髪。
やつれた顔。
だが
その表情は
憎しみと悲しみで張り詰めていた。
女は
震えを押し殺すように言う。
「あの子は……」
少しだけ言葉が詰まる。
それでも続ける。
「私の娘よ」
倉庫の中の空気が
さらに重くなる。
アイリスの表情が変わる。
クロエも
そこで初めて
その女を見た。
女は
視線を落とさない。
声は震えていた。
だが
泣いてはいない。
その顔には
悲しみと
どうしようもない憎しみが
浮かんでいた。
「あの子は優しい子だったの」
「人を疑うのが下手で」
「だから……」
そこまで言って
女は口を噤む。
リディアが
静かに言う。
「サラは支援に回る」
サラは
小さく頷いた。
「分かってる」
「でも、助けたいの」
その声だけで
十分だった。
⸻
リディアは
指を地図の上で滑らせる。
「問題は時間よ」
クロエが聞く。
「いつだ」
リディアは
短く答えた。
「明日」
倉庫の中が
わずかに揺れる。
リディアは続ける。
「明日の夜明け」
「広場で公開処刑」
アイリスの顔が
曇る。
後ろの魔法使いの一人が言う。
「だから今夜しかない」
別の女が言う。
「朝になれば警備が固まる」
リディアが頷く。
「感知部隊ももう動いてる」
「待つほど不利よ」
⸻
クロエは
静かに地図を見る。
東教会。
地下牢。
公開処刑。
自分も
死体袋に入れられて捨てられた。
もし少し違っていれば
アイリスもそうなっていた。
その未来が
今も誰かに向かっている。
クロエが言う。
「お前たちだけじゃ無理なのか」
リディアは
少しもごまかさなかった。
「厳しいわね」
「忍び込むだけならできる」
「でも連れ出して」
「追っ手を振り切るなら足りない」
クロエが聞く。
「見張りは強いのか」
リディアは頷いた。
「教会兵だけじゃない」
そして
少しだけ声を落とす。
「処刑の責任者の一人に」
「レオン・ガルドがついてる」
アイリスの表情が変わる。
「……レオン・ガルド?」
クロエが聞く。
「知ってるのか」
アイリスは
小さく頷く。
「名前は聞いたことがある」
「教会側の剣士で」
「魔女狩りの任務にも出てる」
リディアが静かに言う。
「噂通りなら強いわ」
「私も顔を見たことがある」
クロエは
地図から目を離さない。
「で、そいつはどんな奴だ」
リディアが答える。
「剣士よ」
「それもかなり厄介な部類」
後ろにいた女が言う。
「正面からやれば終わる」
別の女も言う。
「レオン相手じゃ普通の戦いにはならない」
クロエは
小さく息を吐いた。
「なるほど」
⸻
リディアは
クロエから目を逸らさない。
「だからあなたの力が欲しい」
クロエは聞く。
「詠唱なしだからか」
リディアは頷く。
「それもある」
「でも一番は」
リディアは静かに言う。
「あなたには何かを感じる」
アイリスが
クロエを見る。
クロエは
少しだけ黙った。
⸻
「俺が断ったら?」
倉庫の空気が
また少し張る。
リディアは
それでも平然としていた。
「その時は私たちだけでやる」
クロエが聞く。
「今夜か」
「ええ」
「あなたが来なくても」
「今夜行くつもりだった」
クロエは
わずかに眉を動かす。
リディアは続ける。
「でも」
「戦える者は多くない」
後ろの女が
苦く笑う。
「ここにいる全員が前に出られるわけじゃないの」
別の女が言う。
「偽装、見張り、鍵の準備、逃走路の確保」
「そういうのはできる」
サラも
小さく頷いた。
リディアが言う。
「でも実際に中へ入って」
「奪って」
「連れ出して」
「追っ手を止められるのは」
そこで少し間を置く。
「私とサラの二人と」
「あなた達くらい」
アイリスが
静かに剣の柄を握る。
クロエは
地図を見たままだ。
「二人で行くつもりだったのか」
リディアは
少しだけ笑った。
「ええ」
「助けるって決めた時からね」
⸻
クロエが聞く。
「勝てるのか」
リディアは
少しだけ目を伏せる。
「低いわね」
「二人だけなら」
倉庫の誰も
否定しなかった。
それが現実だった。
サラも
目を閉じただけで
何も言わない。
⸻
アイリスが
小さく言う。
「クロエ……」
クロエは
地図を見たまま
少しだけ黙る。
そして
隣に立つアイリスへ
視線を向けた。
「お前はどうしたい」
アイリスは
一瞬だけ目を見開く。
自分に聞かれるとは
思っていなかった。
倉庫の中が静まる。
アイリスは
小さく息を吸う。
「正直、怖いわ」
「相手は教会だし」
「強い敵もいる」
「でも……」
アイリスは
サラを見る。
そして
小さく拳を握った。
「見捨てるのは嫌」
クロエは
しばらくアイリスを見ていた。
そして
小さく頷く。
「そうか」
それから
ゆっくり顔を上げる。
「……案内しろ」
サラの目が
わずかに見開かれる。
アイリスも
息を止める。
リディアは
わずかに笑った。
「そう言うと思った」
クロエは
壁にもたれたまま続ける。
「ただし条件がある」
リディアが眉を上げる。
「何?」
クロエは言う。
「絶対に死ぬな」
「助けるなら助けるで」
「全員で生きて帰る」
リディアが
苦く笑う。
「簡単に言うわね」
クロエは
平然としている。
「簡単じゃないからやるんだろ」
倉庫の中が
少し静かになる。
リディアは
クロエを見ていた。
そして
小さく笑い頷く。
「いいわ」
「そのつもりで組みましょう」
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アイリスが
ようやく息を吐いた。
「決まりね……」
リディアは
地図の上に指を置く。
「今夜、動く」
「今から一時間後」
「教会の見張りが交代する」
「そこが最初の隙よ」
クロエが言う。
「偵察じゃなくて本番か」
「時間がないもの」
リディアは頷く。
「今から細かい役割を決める」
⸻
続く




