トレーニング
かつて危険物の倉庫だったという地下室は、
今はがらんどうとした広い空間だった。
かすかに漂う腐敗臭、そして、
いちばん奥で横にクイッと曲がる空間....
こすからい鋭い目で、そこを睨みつけながら
ヨッシーは思った
(搬入車両が、地上からあそこを通って
ここに出入りしてたんだろうな。
おそらく、その搬入口は外壁の外だ
てことは、つまり....)
ヨッシーはすでに、
この”特別射撃コーナー”の意図を察していた
(....上等だ、来やがれ!!
俺はすでに生きた人間をも撃ち殺している
さらに、これから
海賊共をぶち殺すつもりなんだ!
もはや、この程度、どうってことないぜ)
目の前の机には、レバーアクションライフル
『アウトロー』が置かれている
いわゆるカービンモデルで、
一般的なライフル銃よりも全長は短く、
約0.9メートル程。
特徴的なのは、銃身の下に平行に伸びる筒と
トリガーガードの下の楕円形の輪だ
横に並べられた弾丸は、
先端が平なフラットノーズという形状で、
上半分が鉛剥き出しのダムダム弾だった。
ちんかわむけぞうが言った
「銃身の下の筒は、12発入りの
チューブマガジンだ。
そして、さっき君が言った通り、
トリガーガードの下の輪に指を入れて
前方に押して戻すことで弾を薬室に装填する
使用弾薬はステンもどきと同じ11.5ミリ、
いわゆる45ACPの弱装弾だ。
レバーアクション銃については、
あえて長々と説明することはやめとこう。
そちらでビーグル検索でもして調べたまえ
まあ、この仕組みの一番の欠点は
強力なライフル弾が使用できないことだが、
逆に言うと、ピストル弾を撃つならば
なかなかにいい感じなのだ
ステンもどきよりも銃身が長いので
初速が大きく、射程距離と命中精度が良い。
弾頭もフラットノーズだから、マガジン内で
前の弾の雷管を刺して暴発することはないし、
上半分が柔らかい鉛丸出しのダムダム弾だが、
12発程度の装弾数では変形することは無い
こうして、
ボルトアクションやオートマチックによって
淘汰された19世紀の遺物が、今になって
なぜかここで復活したのだ」
本当に、むけぞうの言う通りだ。
まさか、西部劇の銃を
実際に扱うことになるとは思わなんだ
ヨッシーは、机の上の「アウトロー」を
手に取った。
金属製の銃身に機関部、木製のストック、
やはりズッシリと重い。
「機関部の右側に、窪みみたいなのがあるだろ?
そこに弾を押し込むようにして入れるんだ」
むけぞうに言われた通り、11.5ミリ弾を
銃身の下のチューブ弾倉に装填していく。
全長3センチほどの短い弾は、
スルスルと楽に入っていった
「この銃が『アウトロー』って
名付けられている理由はね、
山林班で使われているからなんだよ。
山林班では、あの、矢之板のような犯罪者を
作業者として使っているんだ。
だから、人型の対処だけでなく、
犯罪者たちを監視するのに
この銃が使われている。
だから、”アウトロー”なんだね」
むけぞうが話している最中に、
すでに12発もの装填が終わっていた
ヨッシーは銃を構えてみせた
拳銃と違って、ストックが肩に当たるので
非常に姿勢が安定する。
さらに、トリガーガードの下の輪に
自然と指が入る。
この銃は、
元になったウィンチェスターM1873と違って
サイトは簡易な固定式で、
50メートル以内限定だ。
丁度、ここから、奥までの距離が
そのくらいらしい
むけぞうから、一通り操作の説明を聞いた後、
ヨッシーは言った
「それじゃあ、始めましょうか。
”何体”ここに入れるんですか?」
むけぞうは、ニヤリと笑った
「やっぱり、これから起こることが
分かっているみたいだね....」
ずっと黙っていたウメさんが言った
「今までこの訓練を受けた中で
5割は恐怖で錯乱して、
3割は私たちに怒りを露わにして、
残り2割が合格ってところね
ヨッシー君、キミは既に8割をクリア
しているみたいだけど、どうかしら?」
再び銃を構えながらヨッシーは答えた
「どうでしょう?もしかしたら俺も
恐怖で錯乱するかもしれないっすよ」
地下室特有の、白く眩しい照明....
銃を構えたヨッシーは、眩しさに目を細めつつ
一番奥の曲がり角を注視していた
むけぞうは、柱の陰に隠れていた操作パネル
を開いた。
そこには赤と青のスイッチ、そして、白黒の
監視カメラ映像を映す小さなモニターがあった
モニターを注視しながら、ついにむけぞうは
青のボタンを押した....
グウウウン、グウウウン
遠くから、くぐもった機械音がする。
むけぞうは、赤のボタンを押した
ガアンッ!!
何かが勢いよく閉まるような音だ。
そして、むけぞうは大声で言った
「それじゃあヨッシー君、弾を薬室に装填、
すぐに”奴ら”が来るぞ!!」
ヨッシーは、左手で銃を保持しストックを
肩に当てたまま、指を入れた輪を
前に押し出した。
ガチャッ
レバーを押し出すと同時に、
ファイアリングピンのケツがニョキッと
突き出てハンマーを起こす。
すぐに、レバーを元通りにする
カチッ
「来るなら来やがれ、モンキー野郎ども」
奥の曲がり角から、”奴ら”が姿を現した
ヨッシーの左後ろに立つウメさんは、
腰のホルスターから拳銃を取り出した。
それは、『グロック17』
そう、あの、”グロックで良くね?”の
グロックだ!
こんな地方の警察でも、密かに
調達していたのだ。
しかし、当然ながらヨッシーは
気が付くこともなく、
ひたすら前方を注視していた
50メートル先では、頭部は狙えないほどでは
ないが、粒のように小さい。
続々と出現した人型どもは、こちらから見て
横を向いた状態で右方向に動いている
...まだだ、まだ狙えない
数体の人型がこちらのほうを向いた
やがて、勢ぞろいした人型の塊が、
こちらに向かってくる
合計7体、7体だ
ヨッシーは、つい叫んだ
「7体もか?正気かよちくしょー!!!!」
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その頃、ジジイは「つぎはぎ丸」に荷物を
積むために、
例のJAの建物のある場所に到着した。
彼は、島で猟銃の取り扱いを
マスターしていたために射撃訓練から外れ、
積み込み作業をすることになったのだ
白いワゴン車から降りて、ヤキタコと別れる
建物は川沿いの壁の一部となっていて、
一度中に入ってから裏から出る。
ちなみに、そこは白装束たちの詰め所として
使われている為に、
サブマシンガンを持った数人の姿が見えた
川の土手を下った所に、「つぎはぎ丸」が
係留してあった。
そして、目の前には、山積みになった荷物と
一人の男.....
背格好はやや小柄で、
髪を短くスポーツ刈りにして、
灰色の作業服を着ている
男は、よく日に焼けた顔に人懐こい笑みを
浮かべながら、ハキハキとした口調で言った
「初めまして、矢之板智です!!
今回は、私の志願を受け入れて下さり、
誠にありがとうございました!!
誠心誠意をもって
全力で任務に努めるつもりですので、
どうぞ、よろしくお願いします!!」
そして、ジジイに向かって勢いよく
頭を下げた。
サトシよりも、頭一つ分くらいの長身に
禿頭に白い髭のジジイは、
彼を見下ろして言った
「ああ、よろしく....俺は小島総一郎だ。
ええっと、山林班の監督さんからは色々と
聞いているが、
なかなかに高評価らしいじゃないか。
....今回のムケチン作戦に力を貸してくれて
ありがとう」
サトシは、ようやく頭を上げて言った
「いえいえ、では、早速、荷物の積み込みに
取り掛かりましょう!!
私に任せて下さい、こういうことには
慣れているんで!!」
どちらかというと細身の身体ながら
力はあるようで、
大きな荷物をヒョイと抱えるサトシ
つい、彼に好感を抱きそうになるが、
ジジイは思いとどまった
(奴は、懲役20年も食らった凶悪な
性犯罪者だ...
連続強姦事件を起したんだぜ?
あの娘たちも、一緒にいるのを
嫌がるだろうから、
俺がしっかりと目を光らせておかねえとな)
そんなジジイに、サトシが言った
「小島さん!!
この荷物、どこに置きましょうか?」
ジジイは、自分も荷物を抱えると、
サトシと一緒に
川の土手を下っていったのだった




