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猫転生した古物商の魔術博物誌  作者: タキ マサト
第一章 猫の器

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19話 帰魂の術


 夕食は屋敷の食堂でとることになり、エドヴィウス、ヴァイダ、ミレナ、そしてわたしの前の皿の上にも肉が置かれた。


 少しレアだけど美味しい。

 美味しすぎるとまた猫に戻ってしまう。


 あまりがっつかないように慎重に食べる。


「良かった。あなたはアウリスですね?」

「にゃん」


 わたしは頷いた。


「アウリより、アウリスのほうが好きです」

「にゃーん」


 わたしもそれには同感する。

 アウリは全く言うことを聞かない。


「この街から南に行くと帝都だ。およそ一月かかるが……」


 エドヴィウスは懐かしそうな目をした。

 帝都……そこでカリウス師に会いに行かなければならない。


「お兄様は大学で法学を修めたのですよね?」

「そのあと築城、軍略を学んだ。もっとも剣術の方を好んでいたが……」

「本当は、わたくしも帝都の大学に行きたいのです」


 エドヴィウスっていくつなんだろう?

 兄のアルヴィダスは結婚しているようだったが、独身なのだろうか?


 そのハリウッド俳優のような甘いマスクに見惚れてしまう。


「そうか……」


 エドヴィウスは妹の希望にふっと頬を緩めたが、すぐに厳しい顔になった。


「南隣のナルヴィア伯爵領までは友邦だが、ドルヴィダともっとも近い。今の情勢ではやめた方がいい」

「……そうですよね」


 魔術への敵意をつい先日見たばかりなのだ。


 インゼルベルガ、ラトガル、ナルヴィアの三領地が魔術の本場だという。

 それ以外は神聖教に覇権を奪われつつあるとエドヴィウスは溜息をついた。

 帝都でも魔術は迫害されつつあると続けた。


「帝都には二番目のお兄様がいますよね?」

「ああ……兄上は宰相閣下のおそばで文官として携わっているはずだが……」


 エドヴィウスは首を横に振った。

 アルヴィダス兄上より、よほど有能なのだがと呟いた。


「帝都の官僚にとって、一番大事なのは帝都だけだ。もう我が家の者ではない」

「……」


 次第に話題は暗くなっていく。

 静かに夕食は終わった。


 夕食後、エドヴィウスがヴァイダとわたしだけ残るように言った。


「ミレナ姫様。さあ寝る支度をしますよ」


 タウニに促され、ミレナはわたしを恨めしそうに見た。


「アウリスはいいのに、なんでわたくしはダメなのですか?」

「ミレナ。アウリスの記憶を少し見せてもらうのだ。子どもはもう寝なさい」


 エドヴィウスに強い調子で言われてミレナはむすっとしたまま、タウニに手を引かれて食堂を出ていく。


 入れ違いに魔術師が食堂に入ってきた。

 手には香炉を持っている。


 また、記憶を覗かれるの?

 嫌だ。


「そう心配するでない。エイリスの魂を少し見るだけじゃ」

「にゃ……?」

「本当のことを言ったら、ミレナが落ち着かなくなるからな」


 エイリスの魂を見るとは?

 まだ出てこれないと思うけど……


「エグレ、ライマ。準備じゃ」

「「はい。お師匠様」」


 香炉から煙が漂うと、なんだか体が怠くなってきた。意識が途切れてくる。


 遠くからヴァイダの声がする。


「エイリス。お主はもう魂は回復しておるな?」

「にゃ……?」


 エイリス?


 聞かれてるよ。

 早く出てきて。


「エイリス! お前のせいでラトガルからの要求が激しくなり、我がインゼルベルガは苦しい状況になっている!」


 エドヴィウスが声を荒げた。


「エイリス、返事をせい」


 ヴァイダの右手からぼうっと黒い湯気が立った。


「アオイは見えるのですね?」


 は! エイリス! もう、大丈夫なの?


「ヴァイダ様の魔力が見えるということは、あなたの魔力も相当です」


 普通は見えないの?


 でも、そんなことはどうでもいい。

 このあと、どうすればいいの?


 ここで留まっているうちに猫が死んでしまうよ?


「……私が代わります」


 そうエイリスが言った瞬間、暗闇の中に閉じ込められた。エイリスの魂に猫の体を奪われたのを感じる。


 次の瞬間、ヴァイダの声が頭に響いてきた。


「エイリスだな?」

「はい。ヴァイダ様」


 エイリスとヴァイダが頭の中で会話をしているようだった。


「エイリスが出てきた」

「ようやくか……」


 ヴァイダとエドヴィウスが小声で言葉を交わしあっているのが聞こえた。


「エイリス。お主は一体、誰を召喚したのじゃ」

「わかりません。名前だけしか……何者か探りましたが、記憶を失っていました……」


 え? 記憶を読まれるところだったの?


「記憶が戻ったあとも抵抗が強く……」

「お主よりも魔力は強いか……」

「はい。だから……」


 エイリスは何かをいいかけたが、ヴァイダが続けた。


「エイリスよ。わかっておろう」

「はい。ヴァイダ様。もうこの猫の体は持ちません」


 え? まだ今日を入れて三日あるはず……


「この猫はアウリスの魂に乗っ取られかけておる」

「本来のアオイの魂……いえアウリスの魂の形がヴァイダ様の術で実体を伴ったことで魔力が強くなっています」

「猶予はあまりない」

 

 ヴァイダは溜息を吐いた。

 いつの間にかわたしの名前がアウリスに決まってる。

 わたしも溜息をつきたい。


「厄介よのう」

「ですが私の奪われた琥珀のブローチを指標にして、アウリスの膨大な魔力を借りて帰魂の術を行えば」


 へ?


 どういうこと?

 わたしの魔力を貸すの?

 魂を帰す術って聞こえた気がする。

 それって、移魂ではないの?


「冥母に道を開いてもらえれば……」

「それができる魔力は十分じゃな」


 ヴァイダは少し考えて言った。


「ならば、琥珀を取り戻す必要がある。ラトガルに行かなければならんな」

「はい。できるだけ早く」


 勝手に話が進んでいく。

 冥母ってなに?

 冥王は聞いたけど。


 それにブローチを取り戻すって、どうやって?


 猫の体で忍び込むと言っていたけど、それってわたしが行くってことでしょ?


 無理無理。そんなことできない。


「しばらく休んで、魔力を蓄えます。……アウリス、あとは頼みます」


 そのとき、ぱっと視界が戻った。

 エイリスにまでアウリス呼びをされた。


 頼むって、どうすれば……


 困惑しているとエイリスはまた奥底に沈んだ。


「そうであれば、ラトガルへは早急に発たないとな」


 エドヴィウスが従者に命じて騎士団長を呼び寄せた。


「鷹と先触れの報告を聞こうか」

「はっ。エドヴィウス様。ラトガルの館に飛ばした鷹は戻ってきません。ラトガル城に送った先触れは軍の入城を拒否するとのこと」


 その報告にエドヴィウスの顔が曇る。


「やはり、ラドミール殿に何かがあったと見るべきか……」

「我が領の館も老ラトガルの手の者が入っていよう」


 ヴァイダの言葉に頷いて、エドヴィウスは決断した。


「明日、我々のみでラトガルに向かう。遠征隊とミレナ、タウニはここで待機。私と従者、ヴァイダ様、双子、アウリスで向かう」

「はっ!」

「騎士団長には、ここの指揮を頼む。ミレナを守れ」

「は……」


 そのとき、その若い従者が来客を告げた。


「ラドミール閣下の使者と名乗る者が来ています」

「! 客間にお通ししろ」


 それでその場はお開きになった。

 わたしは双子に連れられてミレナの部屋に向かう。


「「ミレナ姫様は、セルスミのお屋敷でお留守番にてございます」」

「どういうことなのですか?」


 双子は無表情で淡々と告げる。


「「明日、エドヴィウス様、ヴァイダ師匠、アウリス、私どもでラトガルに向かいます」」

「わたくしは、連れていってはくれないのですか?」

「「そう、決まりましたゆえに」」

「……」


 タウニがミレナの肩に手を置いた。


「本来ならば押しかけるものではありません。使者を立て、お見合いをし、お互いの利をわかった上で契約を交わし婚約をするものです」

「それは、わかってはいますけど……お姉様はどうなるのですか?」


 ミレナは俯いて肩を震わせた。


「「エイリス姫様はアウリスが魔術で帰魂の術を行うと」」

「アウリスが?」


 ミレナはわたしを見た。


「にゃん」


 大丈夫。わたしがなんとかする。


 そんな意味を込めてわたしはミレナに寄り添った。

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