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猫転生した古物商の魔術博物誌  作者: タキ マサト
第一章 猫の器

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18話 武装解除  


 翌日の夕方、ヴァルカ砦に遠征隊は着いた。


 心配されたドルヴィダの襲撃も黒フードの魔術もなかったが、まるで敗残兵のように皆、疲れ切っていた。


「ミレナ。よく頑張った」

「お兄様……」


 エドヴィウスが馬を馬車に寄せて、ミレナを労った。


 砦から一部隊が出てきて、先頭にいた赤髭の大男がエドヴィウスに笑顔で手を振った。


 ヴァルカ砦の指揮官はエドヴィウスと知己だったようで、城門の前で手厚く迎えてくれた。


「エドヴィウス殿。ご無事でなによりです」

「ヴァルカ男爵。お気遣い痛み入ります」


 ヴァルカ男爵は人のよさそうな笑顔を消し、眉を顰めた。


「ドルヴィダの襲撃があったと聞きました」

「撃退しましたが、我が軍は半壊状態です」


 ここで負傷者は治療を受けることになった。

 宿舎と食事が遠征隊に手配され、一息つく。


「エドヴィウス殿。この半月、ドルヴィダの動きが不穏になっております」

「インゼルベルガもごたごたがあり、あまり情報が入ってこないのです」

「ドルヴィダの動向ですが……」


 エドヴィウスとヴァルカ男爵は馬を並べて砦の中に入っていく。

 ぞろぞろと遠征隊も続いた。


 わたしとミレナは砦の客間に通された。

 天蓋付きのベッドがある部屋。

 夕食後、ミレナの足元に丸まる。


 夜が明けたら、あと三日……


 エイリスの魂はまだ眠っているようで、出てこない。


 聞きたいことはたくさんある。

 昨晩、一瞬だけ自分の体が実体化した。


 でも、なんで?


 エイリスは猫を器にして実体化できると言っていたけれど……

 ヴァイダの琥珀を触媒にできた……?

 もしあのまま猫に戻らなかったら、どうなっていただろうか?


 そうか!


 エイリスがいるから、もしわたしの体で実体化してしまったら、エイリスがわたしの中に閉じ込められてしまうのか。


 だから、エイリスがあのまま実体化するのを拒否した?


 ならば、エイリスが出ていったあと、またヴァイダに実体化してもらえばいいの?


 猫が死ぬ前に。


 ドクンと心臓の音が鳴った。


 この世界で生きる。


 エイリスに言われたことが現実味を帯びてきた。

 

 それって転生ってこと?


 でもこのまま死ぬのはもっと嫌だ。


 自分の体でこの世界を過ごすことを考えてみる。


 そうだ、まず服を用意してもらわないと。


 そのとき、また自分の裸をエドヴィウスに見られたことを思い出し身悶えした。


 まだ、男の人には見られたことはないのに……


 恥ずかしい……


 大学時代、いつも交際直前まで行くのに、何故だか振られてしまった。


 デートで美術館や博物館、アンティークショップに行くと全く動かなくなるわたしに皆呆れ、退屈し、しまいには怒り出すのだった。


 同じ学芸員を目指した人もいたのに。


 解せない。


 そもそも男の人にそんなに関心がないのだ。


 でもエドヴィウスならずっと見ていられる。


 彫刻のような顔。

 凝った刺繍の衣装。

 甲冑や長剣。


「アウリ?」

「にゃっ!」


 突然、声をかけられて飛び跳ねた。


「アウリは聞いてないですか?」

「にゃ?」


 ミレナに抱き上げられる。


「ラドミール様って、どんな方なのでしょう?」

「にゃ……」


 不安なんだ。


 いくらインゼルベルガのためとはいえ、こんなところまで普通来ないよね。


 しかも、顔も知らない相手。


 エイリスの代わりと言っても、受け入れてくれるかはわからない。


 よくて、体のいい人質。

 戦国時代のお姫様みたいなもの。


「怖いです。エイリスお姉様」

「にゃん」


 でもラドミールは信用できそうな気がする。

 エイリスは信用していた。


 だけど、老ラトガルに怯えていたその顔を思い出す。

 亜麻色の髪に深い翠色の瞳。

 エドヴィウスのような精悍さはなく、細身で穏やかそうな顔立ちをしていた。


 エドヴィウスを呼び寄せた理由は、もしかして老ラトガルと対決するため?


 エイリスも老ラトガルから琥珀のブローチを取り戻そうとしている。


 琥珀がないとエイリスは戻れないし、わたしたちは猫と一緒に死んでしまう。


 これまで見た魔術を思い出した。


 エイリスがわたしの魔力は強いと言っていた。

 じゃあ、もしかしてわたしにも魔術が使える?


 でもあんなキメラみたいなゾンビを作り出すのはまっぴらごめんだ。


 翌朝、遠征隊は再編成され砦を出発した。

 怪我人はこのヴァルカ砦で治療を受けるために留まることになったらしい。


 遠征隊はおよそ半分になっていた。

 街道は森を抜けると、麦畑と牧草地が広がった。


 石畳になり行軍速度が上がる。


「今日はセルスミの街まで行き、明日にはラトガルに着く」

「はい。お兄様」


 今までとは違う、のどかな景色にミレナの顔も穏やかになっていた。


 インゼルベルガとは違う。

 それに港があって交易もある。


 豊かだ。

 

 魔術の匂いは感じない。

 気になるのは、ただ馬車の中の守護の箱のあの銀の鏡だけ。


「フェッフェ。お前さんは気になるよのう」

「にゃん」


 ヴァイダが人の悪そうな顔を見せた。

 相変わらずエイリスの体が入った棺桶の上に座っている。

 わたしはミレナに抱かれていた。


「じゃが、この銀の鏡には助けられた。拠点に帰ったら浄化せねばならんが……」


 ヴァイダが言い淀んだ。

 難しいのだろうか?

 もしかしてあの閉じ込めた冥狼って、また出てくるの?


「にゃ……」


 ミレナはわたしの喉を撫でてくる。

 その気持ち良さにぐるぐると喉が鳴る。

 不安な気持ちが解きほぐされていく。


 猫を制御できている時間は一日のうち、どのくらいか実はよくわからない。

 意識を失っていることが度々あり、そのときは猫が勝手に動いているようだった。


「今はアウリではなく、お姉様でもなく、お姉様が呼んだ誰かなのですね?」

「にゃん」

「わたくしは黒髪黒目の方は見たことがありません」


 わたしはミレナの目を見て、頷いた。

 ヴァイダがわたしの姿をミレナに説明したらしい。


「なんて呼べば良いのでしょう?」

「にゃあ」


 ミレナは考え込んだ。

 わたしはアオイだけど、伝える手段がない。


「アウリのときは、こうして返事してくれませんし」

「「猫姫様でいかがですか?」」


 エグレとライマが御者台から声をかけた。


「エグレとライマはいつも猫姫様ではないですか? 区別ができません」

「「アウリのときは、声をかけませぬゆえに」」


 ミレナは猫姫様には同意できないようだった。

 双子はアウリのときとわたしのときの識別ができているらしい。


 確かに猫の体はやたら眠くて仕方がなかった。

 その間はアウリが猫として行動しているの?


 でも確かめる術がない。


「アウリスはいかがですか?」

「ミレナ姫様、それはいいですね」


 タウニが微笑んで頷いた。

 タウニの顔も疲れが見えているが、表情は柔らかだ。


「アウリス? 今日からあなたはアウリスです」

「にゃ……」


 それだとエイリスと被らない?

 わたしが実体化したあとも、そう呼ばれるのだろうか?


 そもそも異邦人。

 こうして旅してくれるの?


 今はエイリスのおかげで言葉がわかるけど、エイリスがいなくなったらどうなる?


 不安が尽きないまま、その日の夕方にセルスミの街に着いた。


 大きな街だった。


 簡易な城壁をくぐると石造の建物が広がった。

 白い石と茶色っぽい屋根。


 その先にまた立派な城壁が街を囲んでいた。


「このセルスミには、我が領の屋敷がある」

「はい。お兄様。いよいよ明日ですね?」


 エドヴィウスが馬車に馬を並べた。


「明日の昼にはラトガルの館に着く予定だったが……」

「?」


 エドヴィウスはそこで言葉を濁した。

 この遠征はラトガルの要請で行われているとエドヴィウスは言った。

 だけど実権を持つ老ラトガルの意向ではないらしい。

 ラトガルの魔術師の記憶を読んだ内容はミレナには知らせていないようだった。


「しばらくセルスミに滞在することになる」

「ラトガルには行かないのですか?」


 ミレナが不安な表情で、少しほっとしたように言った。


「でも、アウリの体が持たないのでは?」

「情報が錯綜しているのでな。明確になってからだ」

「? わかりました」


 城門で遠征隊はラトガルの騎士たちに囲まれた。


「止まれい! インゼルベルガのものよ」

「ラトガル侯爵の正式な召集状がある。ヴァルカ男爵の通行証もあると先触れを出したはずだが?」


 エドヴィウスの怒りを含んだ声が響いた。


 騎士たちは抜剣し、槍を構え、ものものしい雰囲気で遠征隊を取り囲む。


「これは老侯閣下の許可を得てはおらぬ!」

「こちらからしたら変わらん。召集状がある限り、出向かぬ訳にはいかぬ」


 エドヴィウスは正論を吐き捨てるように言った。


 確かにそうだ。

 ラトガル騎士団もヒソヒソと何かを話し合っている。


 仮にも同盟関係なんだよね?

 しかも同じドルヴィダの脅威を受ける領地同士。


「ヴェスナを狙うドルヴィダ兵を退けてもいる。老ラトガル侯からの要請のあったドルヴィダの首領の首級もある」


 その声にざわざわとした声がラトガル騎士団に広がる。


「わかった。武装解除の上、屋敷にて待機を申しつける」

「……言う通りにしろ」


 エドヴィウスはそれを受け入れた。

 ここで争ったら全滅は必至。


 逃げられない。


 遠征隊は武装解除に応じ、次々と武器を置いていく。


「エグレとライマは術の用意を」

「「承知、お師匠様」」


 双子は香炉に火をつけた。

 続けて指示を出していく。


「ミレナとタウニは布を被って隠れなさい」

「はい」


 二人は黒い布で全身を覆った。

 馬車が城門をくぐるとき、声がかかった。


「そこの馬車! 止まれ!」

「にゃ……」


 騎士が窓から中を覗く。

 棺桶や木箱、黒い布で覆われたものを見る目に猜疑が宿る。


「騎士よ……これらは老ラトガル閣下への贈り物じゃよ」

「魔術師様……職務により中を改めなければなりません」

「フェッフェッ……それは構わぬが、魔術の心得のない者が触ると、どうなるかはわからんよ?」


 ヴァイダの声が怪しく響く。

 馬車の周囲は白檀のような甘い匂いで満たされていく。


「老侯とは旧知の仲でな……」


 ごくりと騎士が唾を飲み込んだ。


 わかっておろうな……


 静かな迫力は魔術なのか人格によるものかはわからない。


 ぼうっと黒い湯気がヴァイダにまとわりついていく。


「通ってよろしい……」


 騎士は折れた。

 エグレとライマは馬車を先に進める。


「ふう……魔術を使うまでもなかったわ。今、エイリスの体を見られたら面倒なことになるでな」


 武器は城門で預かられることになった。


 全員の武装解除が終わると馬車はインゼルベルガの屋敷に向かった。


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