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猫転生した古物商の魔術博物誌  作者: タキ マサト
第一章 猫の器

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14話 死者の行方


 生きた心地がしなかった。

 視界が黒く閉ざされ夜になったかのようだった。


 でも暗視に強い猫の目でもその光景は違った。

 夜と見紛うほどの黒い負のオーラ。


 わたしは目を閉じてその場でうずくまった。


「お姉様? すごい怖がってる……」

「……にゃ」


 ミレナも不安そうな声を出して、そのままわたしを抱え上げた。


 怖いよ、ミレナ……

 何が起こってるの?

 ミレナはわからないの?


「「終わりましたゆえ」」


 エグレとライマが御者台から振り返って声を揃えた。

 まるでわたしが何に怯えているか察しているようだった。


「ここは人がたくさん死んだ川」

「ゆえに強い冥府との境」

「少し浄化」


 不気味な双子の声が代わる代わる響く。

 確かに目を開けるともう黒い影が消えていた。

 ミレナもその言葉に薄気味悪そうに振り返った。


「なんの話ですか?」


 タウニも眉を顰めて川面を見つめた。


「着岸用意!」

「ロープを投げろ!」


 俄かに外が慌ただしくなってきた。


「お着きー!」


 鈍い衝撃があり船は桟橋についた。

 エグレとライマが馬車をゆっくりと進めていく。


 桟橋から続く石畳の向こうには砦の門があり、インゼルベルガと違う甲冑を着た兵士が槍を手にこちらを睨むように立っていた。


「今晩はこの砦で一泊して明日早朝出発する」

「はい。エドヴィウスお兄様」


 馬車がラトガルの砦の門を抜けると、城壁前の広場に天幕が張られ忙しげに野営の準備をしていた。


「ヴァイダ様。この先また冥羊のような怪異が出る可能性はあるか?」

「ふむ。あるじゃろうな」


 ヴァイダはエドヴィウスの問いかけにあっさりと答えたが、歯切れは悪い。


「あの冥羊の魔術具が発動したことは術者にはわかるはずだが……」

「では、完全には顕現しなかったことも?」

「失敗したことは、わかるはずじゃ。エイリスの魂を奪うつもりだった、だろうからの」


 ヴァイダは同意したように頷いた。

 エドヴィウスはわたしに視線を向けた。

 その視線は厳しい。

 

 またあの冥羊みたいな化け物に襲われる?


「まだエイリスの魂は感じられぬか?」

「まだじゃ……しばらくは出てこないほうが良いな」

 

 でも冥羊のときは、エイリスは出てこなかった。

 隠れていても、多分変わらない。


 わたしの魔力? に反応してるからと思う。


「にゃあにゃあ」


 それを伝えたいけれど猫の鳴き声では無理だ。

 伝わらないもどかしさを感じながらヴァイダに訴える。


「アウリ? どうしました?」

「にゃ」


 そうミレナに言われて床に下ろされた。

 わたしはヴァイダに近づいて爪で引っ掻きながら鳴き始めるが軽く流されてしまう。


 わたしの不安に反応してくれるのは双子だけだった。

 でも双子は馬車から降りて、今この場にはいない。


「お前は誰じゃ? 何を気にしている?」

「エドヴィウス様、砦の責任者が目通りをしたいとのこと」


 エドヴィウスの若い従者が馬車の外で声をかけた。


「わかった、今、行く」

「いや、それには及びませぬ」


 馬車の外でガチャガチャと複数の人間が近づいてきたのがわかった。

 窓の外には立派な口髭を生やした太った男がいるのが見えた。


「私はこのヴェスナの砦を預かるドビナス男爵と申す。以後、お見知りおきを」

「ヴェスナ砦はヴェスナ子爵が責任者であったはずだが?」


 エドヴィウスの声が警戒感を滲ませる。

 ドビナスは馬車の中を、撫で回すような嫌な目で見て声を落とした。


「……子爵はドルヴィダとの戦いで戦死されました」

「……そうか」


 視線に気がついたエドヴィウスは、ドビナスと馬車の間に立ち天幕の方を指し示した。


「詳しく聞こう。ヴァイダ様、手向けの鎮魂の魔術を」


 ヴァイダは袋を持って立ち上がった。

 エドヴィウスと騎士団長とともにドビナス男爵を促して天幕へと向かう。


 老ラトガルの魔術による怪異だけじゃなくて、ドルヴィダの軍もいるの?

 

 わたしは猫だからなんとかなるけど、ミレナとタウニは捕まったら……


 いや、わたしも早くなんとかしないと死んでしまう。


 夜が明けたら、あと六日……


 ミレナとタウニも不安そうに寄り添っている。

 馬車の周りに騎士と兵士が護衛につく。

 エドヴィウスの従者が来て、今日は馬車で寝るように指示が出た。


 エグレとライマが何かを燃やしながら文言を唱える。

 わたしも慰めるようにミレナの側に寄る。


「お姉様……」

「にゃあん」


 大丈夫だよ、ミレナ。

 ここはあの変な感じはしないから。


 大丈夫だよね?

 エイリス……


 でもその晩はエイリスは夢に出てこなかった。


 ヴァイダも戻ってこなかったらしい。


 翌朝、エドヴィウスは機嫌が悪かった。


 遠征隊は追い立てられるように日が昇る前に砦を出発した。


「お兄様。なにがあったのですか?」

「なにがあっても大丈夫だ」

「ヴァイダ様……?」


 ヴァイダも目を閉じて疲れた息を吐いた。


 窓から見える遠征隊の面々は、ピリピリと張り詰めた空気の中、どの顔も強張っている。


「でもドルヴィダ侯爵は元々はラトガルの友邦でしたよね……?」


 ミレナの声が不安げに揺れた。

 その声にエドヴィウスは溜息をつく。


「一月たらず前に甥に追い落とされたそうだ」

「……では、今は敵なのですか?」

「そうだ。奴らはヴェスナ砦を狙っているようだ」


 そしていつどこでドルヴィダ軍が襲ってくるかわからないとエドヴィウスは首を振った。


「斥候は出して警戒はしている。明日を乗り切れれば大丈夫だ」


 そう言うエドヴィウスの表情は暗い。

 この一本道の先にドルヴィダの先遣隊の拠点があるという。

 そこを越えた城塞の向こうは、ひとまず安全になる。


 エドヴィウスが話すたびにミレナとタウニの顔が強張っていく。


 日が昇ると道は、薄暗く深い原生林に入っていった。

 インゼルベルガは石畳で整備してあったが、ぬかるみが石畳を覆い馬車の速度が落ちる。


 馬車がぎりぎりすれ違うことができるかというほどの狭い道。


 聞いてないよ……

 と思ったがエドヴィウスも同じ思いだったらしい。


「この半月で、まさかこんなことになっているとは……」

「老ラトガルの魔術具もあるやもしれぬ」


 ヴァイダの声も心なしか疲れているようだった。


「「猫姫様。お頼み申します」」

「にゃ……」


 そうだ。

 また罠があるかも。

 冥羊に襲われて、ドルヴィダ軍に襲撃されたら……


 わたしは身を伏せて周りを探った。

 でも、あの銀の鏡が入った箱が気になる。


 黒いドライアイスがオーラのように揺蕩っているのがわかる。


「にゃ……」

 

 戦いの跡があちこちにあった。


 たくさんの馬が行き交った跡、折れた矢、血糊が見える。

 狼のような獣の吠え声が聞こえてきた。


 夕方、焼け落ちた集落についた。


 疲れた……


 猫で良かったとしみじみ思う。


 自分の体でこの世界にきて、何日も馬車に揺られて戦いに巻き込まれて生き残る自信はない。


 死臭が漂っている。

 森の奥から何かが見張っている気がする。

 でも、ここまでは冥羊のような気配はなかった。


「タウニ。怖いです」

「姫様。騎士団とヴァイダ様がついています。大丈夫ですよ」


 そう言うタウニの声も震えている。

 遠征隊は焼け残った柵の周りに野営の準備を始める。

 馬車を中央に集め、周りに篝火を焚いて兵士たちが警戒する。


「にゃ……」


 銀の鏡が入った箱が、この場で戦い死んだ亡者の魂を呼ぶように一層圧が強くなった気がした。

 黒い影が周囲に立ち上り、ゆらゆらと馬車を取り囲む。


 でも、入ってこない。


「冥府にいけない……」

「苦しい……助けて……」


 黒い影から救いを求める悲壮な声が響いてきた。


「にゃ……」


 気がつくと全身の毛が逆立っていた。


 ヴァイダとエグレとライマは外に出て、何かの魔術をしているようだった。

 しばらくすると、ふっと空気が和らぎ黒い影が薄れていく。


「「鎮魂と冥府の守護でございます。猫姫様」」

「神聖教徒の輩は死者が冥府に行けぬように、殺してからも死者の尊厳を奪い魂を傷つけておる」

「にゃ?」


 戻ってきたヴァイダと双子がそう言って悲痛な声を出した。


 どうやって?


 でも、それを聞いたら胸が悪くなりそうな気がする。


「奴らは天界があると信じておる。死者が行くのは冥府じゃ」

「「それが世の理であるゆえ」」

「……」


 その晩は誰もが眠れぬ夜を過ごした。

 歩哨の交代と獣の遠吠え、風の音。


 何か物音がするたびに目が覚めた。


 明日を無事に乗り切れば……


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