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猫転生した古物商の魔術博物誌  作者: タキ マサト
第一章 猫の器

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13話 異端  


 カルニ村のはずれに大河があり、石造りの砦が川のたもとにあった。

 遠征隊はカルニ村を迂回し砦の門を入っていく。

 目の前には滔々と流れる水が大地を割っている。


 ここに来るまで川はいくつもあったが、それらには石橋や浮き橋がかかっていた。


 どうやって渡るの?

 船?


 わたしはヴァイダの馬車の窓からその川を見ていた。


 対岸には砦のような建物があり、豆粒のような兵士が動いているのが見える。


「ミレナ。艀で川を渡る。あの砦はラトガル領だ」

「……はい。お兄様」


 馬を寄せてきたエドヴィウスはミレナにそう話しかけた。

 視線の先を見ると大きな平底船が岸辺で揺られ、極太の麻縄が何本か穏やかな水面を這っていた。


「対岸に全員渡る頃には夕方になる」

「はい」


 確かに対岸に渡ったら、そう簡単に戻れない。

 遠征隊はここで食糧や水、飼葉の補給を行うという。


 馬車に次々と乗せられていく間に、第一陣の兵士が船に乗りこんでいた。

 馬が嘶き、船が揺れる。


 桟橋には空の船が二艘あるがそこには船頭はいない。


 一気に渡っちゃえばいいのに……


「エドヴィウス様。使いと斥候が戻ってきました」

「聞こう」


 騎士団長が使いと斥候を伴ってエドヴィウスの元にやってきた。

 いつの間にか小舟が桟橋についている。


「渡河許可は取りましたが……金貨四枚を要求しています」

「金貨四枚だと!?」

「四倍になりましたな」


 エドヴィウスと騎士団長の声が揃った。


「……ふっかけられましたな」

「仕方あるまい」

 

 エドヴィウスは側の従者を振り返り、言われた金貨を用意するように言った。


「一艘ずつ渡るようにという指示も出ています」

「……わかった。先に行け」


 従者が船に乗り込むと、第一陣が船頭の掛け声で出航した。


「斥候の報告です」

「ドルヴィダとラトガルで小競り合いが増えているようです」


 その報告にエドヴィウスの表情が曇った。


「神聖教徒か……ドルヴィダで増えているというが」

「……魔術を異端として排除しようとする狂信者どもですな」


 騎士団長がうんざりとした様子で頷いた。


 魔術がある世界。

 異端審問? 魔女狩り? 


 中世西洋史の講義を思い出す。

 火炙り、拷問のイメージが浮かび毛が逆立った。


 本当に異端……

 敵は他にもいる……


 というか、わたしも異端……?


「ラトガルはものものしい雰囲気で、我々の軍勢も警戒されているようです」

「ふうむ。先日の討伐で我が領に潜伏していた残党は一掃したが……」

「ラトガルの討伐要請で首領の首級はあげましたが……」


 深刻な顔で話しているのをミレナに抱き上げられながら聞いていたが、後ろの封印の箱が気になっていた。


 出発した日よりもさらに深い冷気が吹き出しているようだった。

 なんで、誰も気が付かないの?


 時限爆弾を抱えているように思う。

 

「にゃ……」

「お姉様? ……アウリ?」


 硬直したわたしの体を抱えてミレナが緊張しているのを感じた。

 もし逃げ場のない船で、あの鏡から亡霊が湧き出てきたら……


「フェッフェ……エイリスの片割れよ。心配はいらん。呼び出すためには儀式をせねばならん」

「にゃ?」

「……ヴァイダ様?」


 ヴァイダが呟き、ミレナが振り返った。

 正面で向かい合っていたヴァイダの目が細まる。


「ラトガルに近づくにつれて、あの鏡の反応が強くなっておるが問題はない」

「……にゃ」


 わたしたちが船に乗るのはしばらく後とエドヴィウスは言った。

 ヴァイダ一行は馬車を降りて砦の客間で待つことになった。


 タウニがミレナのブーツや上着を脱がし、長椅子に横にさせた。


「姫様。ここではあまり休めないでしょうけれど、この先はもっと過酷になります」

「……ありがとう、タウニ」

「あとで温かいお茶と軽食をお持ちしましょう」


 ヴァイダは別の長椅子に腰掛け、藤のカゴから様々なものを取り出してテーブルの上に並べ始めた。その中にはエドヴィウスの部屋で鑑定した短剣も含まれていた。


「にゃ?」

「フェッフェッ。魔術の触媒でもあるが、手入れもしないとのう……」

「にゃん!」


 血が染み込んでいた短剣の鞘や柄は、汚れが落とされ嵌められた宝石が光っていた。


 赤錆が浮き出た刀身を双子の片割れが磨き出す。


「血を吸っているでな。触媒としてはかなり強いのう」


 ヴァイダの目が輝くが、わたしには気持ちが悪い。

 双子のもう一人は石のついた首飾りや煙水晶のペンダント、黒曜石の印章、そして小さな香炉を取り出して磨き出した。


 猫の目で見る景色は赤色があまり視認できない。

 わたしはじっとテーブルに座ってそれらを見る。


 あの短剣についている黒っぽい石は、元の色は赤色だろう。


 多分、ルビーかガーネット。

 その透明度と特徴的なカットで当たりをつけてみる。


 産地はどこだろう?

 いつ加工されて誰が持っていたのだろう?

 かなりの地位にいた人物。


 自然と興味はそこに行き着く。

 でもここに来る前までのわたしと違って、短剣からオーラのような靄が見えるようになっていた。


 猫だから?


「「猫姫様。気になりますか?」」

「にゃん」


 わたしが短剣を磨いている双子の片割れに近づくとエグレとライマが揃って声をかけた。

 その短剣は、一際濃い靄を出していた。


 でも、武器じゃない。

 ペラペラで刃がついてない。


 儀礼用?


 磨かれた刀身が光り出していったとき、タウニがトレイに食事を持ってきた。


 双子が鞘に戻すと黒い靄は消えた。


 窓枠に飛び移ると桟橋が見え、空の船が戻ってくるのが見えた。


 まだ下には半分以上の騎士、兵士が残されている。


「アウリ? お食事にしましょう」

「にゃん」


 わたしには川魚の切り身を与えられる。生肉や腸詰を出されても拒否して食べなかったので、久しぶりの食事だった。


 食後もヴァイダたちは道具の手入れをしていた。それをミレナと一緒に眺める。


「ヴァイダ様、この香炉は何に使うのですか?」

「特別な術のときに焚くのじゃ」


 青銅の香炉には内側に煤が付いていたが、今はもう綺麗に拭かれている。

 仄かにフローラルな残り香があった。


「「ミレナ姫様、邪魔です」」

「……」


 双子に邪険に扱われてミレナが言葉に詰まる。

 双子は机の上のものを分厚い黒い布に包み袋に戻し始めた。

 

 あの布はなんだろう?

 見るものすべてに興味を惹かれていく。


「猫姫様は道具を優しい目で見る」

「安心」


 そう言って双子はわたしに微笑んだ。

 

「ミレナ様、ヴァイダ様、出航の準備が整いました」


 扉がノックされ騎士の声が響いた。

 昼下がり、桟橋に残っている隊列はすでに三分の一になっていた。


「ミレナ、私も乗るぞ」

「はい。エドヴィウスお兄様」


 わたしたちが馬車に乗り込むと、平底船に双子はゆっくりと馬車を進めた。

 ぐらりと船が揺れ、後ろから騎士が十人ほど乗り込む。


 船頭が声をかけると船はゆっくりと桟橋を離れていく。

 ヴァイダは香炉に葉っぱを入れて熾火を取り出して火をつけた。

 でも煙も匂いもない。


 わたしは馬車の窓から広い川面を見ていた。

 船が川の中央に出たころ、青い水面に黒い影が見えたように思えた。


 何、何、あれ……?


 背筋が寒くなって、ぶるぶると体が震えた。


 わたしは目を凝らす。

 水面は揺れてない。


「にゃっ!?」


 黒い影は人の形となり、空中に浮かんだ。

 その周りにぞわりと黒い影の塊が浮かび上がると、川面一面が黒くなった。


「フーッ! フーッ!」

 

 尻尾が太くなる。

 耳が後ろに倒れる。



「フギャア!!」

「アウリ? お姉様?」


 次の瞬間、黒い影は馬車めがけて一斉に飛びかかってきた。

 わたしが目を閉じたとき、黒い影が体をすり抜けたように感じた。

 亡くなった人たちの恐怖、絶望、愛する人への思い、怒り、不安、痛みが次々と襲ってきた。


「にゃ……」


 振り向くと銀の鏡が入っていた箱に、次から次へと黒い影が吸い込まれていく。


 ミレナもタウニも気がついていないようで馬車の窓から外を見ていた。

 騎士たちも異変を感じていないようだった。


 ヴァイダの目がわたしを捉えた。

 目が合うとヴァイダは、にかっと目だけで笑う。

 そして小声でぼそっと呟いた。


「川の浄化じゃ」

「……にゃ?」


 青い水面は黒くうごめく影に覆い尽くされ、それが絶えず箱に吸い込まれていく。

 箱の中の鏡がさらに不気味に冷気を放っているのがわかる。


 なにしてるの? この人?


 浄化って……

 浄化というより、補充?


 鏡の負の力がさらに蓄えられていくのを感じる。

 何がしたいの?


 船は対岸のラトガルの砦に近づいていく。

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