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猫転生した古物商の魔術博物誌  作者: タキ マサト
第一章 猫の器

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12話 もう一つの方法


 その日は何事もなく隊列は進んだ。

 エイリスは夜、夢を見ているときだけ出てきた。


 出発から三日目の明け方。

 エイリスはかなり魂が回復してきたと言った。


「話しておかなければなりません。その前に……」


 その夢の中で、エイリスはかしこまった。

 真面目な声で聞かれる。


「アオイ……あなたは誰なのですか?」

「わたしも、わかりません」

 

 わたしが教えてほしい。

 それよりもエイリスが消える前に言い残した言葉が気になっていた。


「わたしが元の体に戻る他の方法って?」

「そのことです……」


 エイリスが言い淀んだ。

 わたしは続きを待つ。


 あの冥府を通らずに元の世界に戻れる方法があるならば、是非教えて欲しい。

 わたしが生きる世界はここではない。

 妹の美玲との約束を思い出す。


「エイリス……?」

「まずは、私の魂を自分の体に戻してからですけれども……」

 

 うんうん。

 前提はわかってる。


「まず、アオイ、あなたがいた世界の自分の体に戻る方法は、前に言ったように私があなたの魂を冥府に送ります」


 やはりあの冥府に行かなければならないのか……

 気がついたら日本の自分の体に戻ってる、なんていうことはないのね。


「それはありません……あなたは強い魔力を持っていますから冥府の入り口にいる亡者は寄せ付けないでしょう……ただ……」


 ただ、なに?

 

「冥府の奥は別です。そこは冥王とその眷属がいる世界と言われています」


 冥王……


「下手をすると取り込まれてしまうかもしれませんが、一度、あなたはそこを通っているはず。また抜けられる可能性はあります」


 ただの推測か……

 わたしはがっくりした。

 通ってきたのだろうが、記憶はないし自覚もない。


 もしそんなところに取り込まれるくらいなら、まだこの世界にいた方がいい……?


 と不安になったが、すぐに否定された。


「もし失敗したら、すぐにこちらの世界に引き戻すことができます」


 命綱みたいなものがある?

 それだったら……


「カリウス師の研究にあったのです。魔術の事故で冥府に取り込まれた魔術師を救い出す方法が」


 では取り込まれることはない?

 でも結局、帝都に向かったというカリウス師に会わないといけない。


「そうです、カリウス師の助けを求める必要があります……より安全に冥府に赴くには……それでも帰れるかどうかは保証はできませんが……」


 ラトガルで無事にエイリスを救ったあとは帝都か……

 エイリスの記憶にあった町並みを思い出して少し気持ちがたかぶる。


 行ってみたい。


「で、他の方法って?」

「あなたには三つの選択肢があります」


 三つ?


「そう、一つは危険をおかして冥府にいく。もう一つは猫のまま生きる……」


 猫……


 猫転生?


「私が自分の体に戻ったら、あなたは猫として生きることもできます」


 それは……エイリスがいなくなったら、誰とも話せなくなってしまう?

 もしかしてエイリスがいなくなったら、言葉もわからなくなる?


 急に孤独が襲ってきた。

 迷子になったり捨てられたりしたら、もう詰み……


「大丈夫です。私が責任を持って世話します。そしてあなたの意識はゆるやかに猫の意識に奪われ、猫として生きるのです」


 それは嫌だ。

 猫になりたいとは思ったけど、そういうことじゃない。


 最初から猫として生まれて、ごろごろして暮らすのとは訳が違う。


「ならば、もう一つの方法しかありません」


 そう、他の方法って言ってた。

 それを聞きたい。


「そう、それは人として、こちらの世界で生きることです」

「!」


 人として……?

 どういうこと?


 移魂の術ってやつ?

 あれは禁忌だよね……?


 それにもし、人になったとして、この中世ヨーロッパに似た危険な世界で自分の体で生きることができるの?


 でも冥府には行きたくない。


「あなたの魔力はこちらの世界でこそ活きると思います」


 そうは言っても……

 ファンタジーみたいな魔法とは違う。

 冥府の力、死者を利用する力?


 そんなの嫌だ。


 でもどうやって人の体になるの?


「これもカリウス師の研究ですが、触媒と器と魂があれば本来の体を顕現させることができます」


 本来の体?

 それって転移?


「アオイ。この猫の体を器にするのです」

「!」


 アウリを器に?

 じゃ、わたしの日本の体はどうなるの?


「私の魂が猫の中にいて、体は棺の中で寝ているのと同じだと思います……」


 では、ずっと病院のベッドで寝ている?

 そうか、元々は猫の体だから今と変わらないのか。


 でもそうしたらアウリの体を乗っ取ってしまう……


「本来、一つの体に魂は一つですが、あなたの魔力だったらアウリの魂はあなたの体で保つことができます」


 え?


 それはアウリにわたしの体を使われるということもあるかもしれないってこと?

 急に猫化して奇異な行動をとる自分自身を想像して首を振った。


「あなたの体を乗っ取るほどの意識はないでしょう」


 エイリスの呆れたような思念が届いた。


「それに人になれば、猫と違ってできることも増えます」


 それは、そうだけど。


「あなたの魔力があれば、もっと安全な帰還方法も見つけることができるかもしれません」


 そうか……


 もし最初に帰還に失敗してもまだチャンスはある。


 こっちに来れたんだ。

 また戻れる方法だってきっとある。


 もし帰還方法が見つかればアウリに体を返すこともできるかもしれない。


 少し希望が見えてきた気がした。


「……疲れました」


 エイリスの思念が弱くなってきた。


「アオイ、あなたには感謝しています。あと少しで私の魂は癒されます……もう少し待ってください……」


 その言葉を残してエイリスが消えた。




   *




 目が覚めたとき、馬車の中はまだ薄暗かった。

 行程を早めて、前の晩は馬車の中で休むことになったのだった。


「ミレナ。おはよう」

「おはようございます。エドヴィウス兄様」


 簡単な朝食を摂り、遠征隊は出発した。

 本来なら今日の夕方にカルニ村に着いて一泊し、明日の午前中に渡河する予定だったらしい。冥羊の件を受けて、ラトガルへの遠征と同じペースにしたらしい。


 しばらくするとカルニ村が見えてきた。

 その向こうに滔々と流れる大河。


 大陸の川だ……

 予想以上に川幅が広かった。


「そろそろカルニ村につく。午後に渡河をしたら、もうインゼルベルガを離れることになる」

「はい」


 ミレナとタウニの顔に疲れが見える。

 エドヴィウスはその顔を気遣うように覗き込んだ。


「渡河をしたら簡単に戻れないのはわかるな? 覚悟はできたか?」

「はい……お兄様」


 何があるかわからない。

 冥羊の触媒のようなあの嫌な感覚はあれからなかったけど。


「川が領地の境だが、川向こうには二つの領地がある。そのドルヴィダ侯爵領が今朝の斥候の報告では、どうもきな臭いようだ」


 エドヴィウスは魔術の脅威だけではないと付け加える。


「最近、傭兵崩れがドルヴィダからインゼルベルガに来て徒党を組んで暴れていたのは知っているだろう?」

「お兄様たちが討伐されたのではないですか?」


 伯爵家の晩餐で比較的安全になったと話していたのを思い出した。


「インゼルベルガではな……だが、ラトガルでの治安は悪化しているようだ」

「迂回はできないのですか?」


 エドヴィウスは溜息をついた。


「それだと猫の器はラトガル城に着くまではもたない。それに……」


 エドヴィウスはそこで言葉を切った。


「これだけの馬車の隊列だ。遠回りすると野盗や北の蛮族に襲われる危険が高くなる」

「姫様。わたしたちだけでも帰りましょう。エイリス姫様の体とアウリをエドヴィウス様に託すのです」


 そう言ったタウニの顔にも疲労が強く浮き出ている。

 ミレナは申し訳なさそうにタウニを見て、首を横に振った。


「タウニ、ごめんなさい。でも、わたくしが行かなかったら、ラドミール様の助力を得るのも難しいと思います」

「わしはラトガルに行くでな。老ラトガルにものを言えるのはわししかおらんからの」


 エドヴィウスはその問答を断ち切るように言った。


「もう遅い。城まで護衛を往復させる時間も余裕もない」


 冥府の異形にドルヴィダの傭兵の残党。

 遠征隊を分けることはできないとエドヴィウスは言う。

 

「冥府の亡霊でなければ、我が騎士団の精鋭が蹴散らしてご覧にいれます」


 エドヴィウスの後ろに控えた騎士団長が胸を叩いて請け負った。


「エドヴィウスよ、案ずるな。わしらの術があれば目眩しもできよう」

「「お師匠さま……いつでも準備はできます」」


 エグレとライマが御者台から答えた。


「フェッフェ……そういうことじゃ」


 見通しが甘かったとエドヴィウスの顔が曇ったのを見たミレナが顔を上げた。


「お兄様! 覚悟はできています」


 それを聞いたエドヴィウスは優しい兄の目になった。

 その表情にわたしの胸がときめいた。

 

「……わかった。必ずミレナを守る」


 うぅ……やっぱり、エドヴィウス様は優しい。

 かっこいいし。

 わたしはエドヴィウスから目が離せなかった。


 エドヴィウスは前方に馬を走らせ声を上げた。


「皆のもの! ミレナとエイリスを必ず守り抜け!」

「応!」


 目の前の川はまるで、世界を分けているように感じられた。


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