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猫転生した古物商の魔術博物誌  作者: タキ マサト
第一章 猫の器

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10話 冥羊


「さて、話を聞こうか?」


 簡単な夕食のあと、わたしたちは本部の天幕に呼ばれた。

 エドヴィウスの後ろに中年の立派な髭を生やした騎士団長と従軍魔術師の黒いローブの姿があった。


 エドヴィウスは浮かない顔でわたしを見つめた。

 一同は敷物の上で車座に胡座をかくように座っている。

 ミレナの膝の上で、わたしはその憂いを帯びた藍色の目を見返した。


「エイリスが呪術の触媒を見つけたのだな?」

「そうじゃ、エドヴィウスよ。わしの悪い予感が当たったわい」

「あれは、なんだ? あんなものは見たことがない」


 夕方見た山羊の頭を持つ化け物を思い出し、毛が逆立った。

 ヴァイダは溜息をついて首を横に振った。


「冥羊じゃ。ヤギの角の杯に、ヤギの血と人の血を混ぜ、冥府で作り出すものじゃ」

「ふにゃ?」


 冥羊って……そんなのがいるの?

 人の血って? その人って、もしかして……

 嫌な予感がして体が硬直する。


「あのツノの杯にエイリスの髪か魂の一部でも入っていたのじゃろう……」

「それでエイリス姫様の魂か魔力に反応し、顕現したのか……」


 エドヴィウスの後ろの従軍魔術師が納得したように頷いた。

 その言葉に天幕の空気がさらに冷えたような気がして、ぶるぶると体が震えた。


「禁術です、エドヴィウス様。狼の頭蓋骨に狼と人の血とを混ぜ合わせた冥狼なども書物に書かれておりますが、冥羊は私も初めて見ました」


 冥狼!

 なにそれ怖い……

 凶暴な狼男のゾンビを想像して身が竦んだ。


 そんなのファンタジーでも聞いたことない……


「いずれにしろ、冥羊は造魂で繋ぎ合わせた屍じゃ。じゃが完全に顕現していれば、この遠征隊七十余名の命はなかったやもしれぬ」

「!」


 ヴァイダが疲れた声を出した。

 ミレナと後ろに控えたタウニが息を飲み、天幕の中が静まり返った。


「騎士の剣では太刀打ちできぬのか?」


 騎士団長が沈黙を破ってヴァイダに問いかけた。


「剣に守護の術をかけることが必要じゃ。エグレ、ライマ。あとで術をかけてこい」

「「承知仕りました。お師匠様」」


 ヴァイダの後ろに立っていたエグレ、ライマが跪いて声を揃えた。


「騎士二十名。兵士三十五名の武具を集めさせよう」


 騎士団長が部下を呼び命令を下すと、部下は天幕を急ぎ足で出ていった。


「それよりも、誰が何の目的でこのようなことを……?」


 エドヴィウスがヴァイダの顔を見た。


「フェッフェ……分かっておろう」

「……老ラトガルがエイリスを攫おうと罠を張っていた?」

「あんな術を使うのは奴しかおるまい……」


 従軍魔術師が頷いた。


「冥羊は知能が高いと言われております。その分、高い魔力を必要としますが……」


 確かに誰かに呼ばれた気がした。

 あのエイリスの記憶を見たときのような嫌な雰囲気があった。


 わたしを、いやエイリスを攫うために……?


「みゃ……」


 思わず変な声が出る。


「ミレナ姫様。ここまでです。明日、城に帰りますよ」

「……」


 タウニがミレナの肩に手を置いた。

 それにミレナが俯く。

 体が震えているのがわかった。


「……お姉様……いやです。分かっていますが、でも……なぜ……あんな化け物が?」


 それは怖いよね。

 あんな不気味なヤギ人間のゾンビを見たら……


「いや、今帰るのは危険じゃ。あの黒い煙を吸っておる。後々、何が起こるかわからん」

「それは私もですか?」


 タウニの声が震えた。

 黒い煙!


「術者がいれば心を操られるところです。いつまで影響があるかはわかりませんが……」


 従軍魔術師が首を振ってそう言った。


「今は術者はいないのだな?」

「術者の気配はない。むろん事が起きれば、すぐに浄化をかけるが……」

「今、浄化をしても無駄ということですね?」


 ミレナが顔を前に向けると、ヴァイダが頷いた。


「呪いではないからな。徐々に消えるのを待つしかない」

「……わかりました。帰りません。先に進みます」

「姫様……」


 ヴァイダといた方が安全だと思ったのだろう。

 わたしを撫でるその手に力がこもった。

 それはわかる気がした。


「この先も罠がある可能性はあるがの」

「老ラトガル……これは裏切り行為だ。決して許さん」


 ヴァイダが注意を促し、エドヴィウスが立ち上がって腰の剣の柄に手を触れた。


「必ず、エイリスを取り戻す」

「エドヴィウスよ。わしらの馬車を中心にして結界を張りつつ移動するでな」


 あとはヴァイダとエドヴィウスたちの作戦会議となった。


 わたしとミレナは騎士に護衛され、今晩の天幕に行くように促された。


「姫様……わたくしは心配です」

「タウニ……ヴァイダ様とお兄様がいらっしゃいます。わたくしは信じています」

「にゃあ」


 ミレナがわたしをぎゅっと抱いた。


「それにお姉様もいます。お姉様があの化け物を見つけて下さったのですもの」

「……そうですわね」


 ミレナは夜空を見上げた。

 わたしも星空を見る。

 まるで星が降ってきそうな澄み切った夜だった。

 ミレナの胸元で琥珀に埋め込まれた文字が、仄かな光を帯びた。


「必ず、お姉様を元に戻しますから……」


 



  *




 明け方、夢を見ていた。


「お姉ちゃん……」

「みれい? 美玲!」


 幼い頃の妹の姿が浮かんだ。

 今のミレナとそう変わらない年頃。

 ミレナと美玲が重なり一瞬、誰かわからなかった。


 その美玲の手に見覚えのある琥珀のブローチがあった。

 あれは……あの洋館の蔵で見たブローチだ。


 そうだ、あの日。

 あの琥珀のブローチを手に持った瞬間、なにかの思念を受け取った気がする。


 でも、思い出せない。


 箱が壊れて、取り敢えず道具入れのポケットに入れたとき、棚が崩れてきた。


 あの文字……何だろう?

 

 気がつくと妹は二十歳の今の姿になっていた。

 琥珀のブローチを持つ妹の手の先には、わたしが寝ていた。


 人工呼吸器が取り付けられている。

 点滴、尿道留置カテーテルの袋、心電図のモニター。


 そうか、わたし、まだ生きてるんだ。

 早く戻らないと……


 アウリの体はあと八日しかもたない。

 

 でも、どうやって戻るの?

 その前にわたしが生きていることを伝えたい。


「美玲! 大丈夫! 必ず戻るよ!」


 まるで幽体離脱をしているような感覚だった。

 病室を上から見下ろしている。


「……お姉ちゃん?」


 美玲が顔を上げた。

 きょろきょろと周りを見ている。


「美玲! ここ! ここにいるよ!」


 わたしは叫んだ。


「お姉ちゃん! どこ? ここ!?」


 美玲は手の中の琥珀のブローチを見た。

 その琥珀のブローチの中の文字が青く光っている。


「お姉ちゃんは昔から霊感が強かったから……」


 美玲は涙声で呟いてそのブローチをそっと両手で包み込んだ。


「美玲……絶対に帰るから!」

「うん。帰ってきて」

「それまでマグをお願い」

「わかった、だから帰ってきて……」


 美玲は涙を拭って立ち上がった。

 その瞬間、映像が消えた。


「エイリス! どこにいるの! 早く出てきて!」

「……アオイ……まだ、出られません」


 微かなエイリスの囁き声がした。


「私が出たら……また、あのようなものを呼び寄せてしまうかもしれません」

「エイリス?」


「……昨晩は、危機から皆を救ってくれて、ありが、と、う……」


 そしてエイリスの声が途切れた。

 

「エイリス?」


 早くエイリスの体に魂を戻さないと。

 残された時間は少ないと直感的にわかってしまった。

 


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