因縁
「お、おまおま……お前はあの時の人食い女!!」
「あぁ……またこんな所であなたに合うとは思いませんでしたよ」
バンと地面を蹴る音がする。
次の瞬間、超人的な跳躍を果たしたミミミさんが組員を蹴散らして俺達の前に立つ。
「ミミミさん」
「健二さん、下手に体を動かすと危険ですよ。私の後ろに立っていてください」
痛みでもだえる怪物を一発、ミミミさんが殴る。
怪物はヤクザ達の後方へ吹き飛んだ。
しれっと回収していたらしいバタフライナイフをくるくる、くるくると回す。
その姿は綺麗な舞の様ではあったが……それ以上に、目の前の相手を威嚇している様だった。
「なんでここに居る?また俺の邪魔をするつもりか!!」
それにしても、浜やんとか言う男の様子はなんだ?
ミミミさんを見た瞬間、急に取り乱して。
「貴方に興味はないですよ」
「あぁ?!」
「私達はユーフォちゃんを助けに来ただけです」
「ユーフォを?その男と一緒にか?!一体何の為に」
半狂乱になった浜やんが取り出したのは銃。
震える手でその銃口をミミミさんに向けている。
「ちょ、浜やん。チャカは不味いんじゃねぇか」
「そうですよオヤジ。発砲音は響くんで」
「うるせぇ!!おめぇらは黙ってろ」
理性的な判断が出来てない。
周囲の声も聞こえていない。
さっきまでのふんぞり返っていた男と同一人物だとは思えない。
「決まってるじゃないですか」
そんな状況でも、ミミミさんは怯む素振りすら見せなかった。
「健二さんの記憶を取り戻して、健二さんの神を復活させるためにユーフォちゃんが力は必要なんです」
「神だぁ?!記憶だぁ?!そんな大層な事にユーフォの力が使えるかよ。そいつはなぁ!!」
「大丈夫ですよ。私の勘がそう言っていますから」
「勘、勘、勘勘勘勘勘!!またそれか!!」
奴の怒声に紛れて銃声が響く。
何発も何発も、癇癪を起した子供の様に響きわたる。
「こんのバケモノが!!俺の人生を滅茶苦茶にして楽しいか!!」
「どの口でそんな事を……そもそも私を化け物にしたのも、私の人生を滅茶苦茶にしたのも、全部全部あなたじゃないですか!!」
そんな弾丸をミミミさんは弾く。
危なげもなく、当たり前の事の様に。
「こんな事……してる場合じゃないのに」
ギリィと歯ぎしりをしながらミミミさんがこぼした言葉。
俺はそれを聞き逃さなかった。
そう言えば……
『具体的な事は何も……でも、今すぐ逃げなきゃって勘が訴えてきてて』
『私の家には帰らない方が良いって勘がします』
ミミミさんの感じ取っていた脅威は、本当に子のヤクザだったのか?
奴らが使う化け物も、銃も、まるでミミミさんに届いてない。
今の状況は、ミミミさんがあそこまで怯えて警戒するような物じゃない。
なら……別の脅威が。
真に警戒すべき脅威が迫っている。
今まさに、この場所に。
だからこそ俺達は早くこの場所から逃げるべき……ミミミさんが感じているのはそう言った予感なのか?
「ユーフォ……動けるか?」
「健二、喋っちゃだめだよ!!口から血が出てる」
「一瞬で良い。一瞬で良いんだ」
「一瞬って何が」
「俺達が逃げる隙を……作ってくれ」
俺の予想が正しければ、最優先で俺達がやらなくちゃいけないのはこの場からの脱出だ。
ミミミさんなら、隙を作ればそれが可能なはずだ。
「なんでも良いんだ……このままだと」
「……ッ」
「俺達もお前も……おしまいだ」
「……ここまでしてもらって……こんなに迷惑かけて……私だけ何もしないって言うのは……違うよね」
ばっと、ユーフォが動き出す。
苦虫をかみつぶす様な顔で、いつも身に着けている黒いマスクを取り外した。
「お前、その口」
マスクの下に広がっていたのは、切り裂かれたかと錯覚するほどの大きな口。
口周りの皮膚は灰色に褪せている。
さっき俺を襲った化け物と同じ色をしていた。
「あぁぁぁ!!!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ユーフォが悲鳴を上げる。
彼女の右腕がぺたんと潰れ、カマキリの腕の様なものに変化する。
「ユーフォちゃん?!」
「おいユーフォ。テメェからそのマスクを外すとはどういうつもりだ」
ユーフォが右腕を振るう。
その瞬間、空間に引っかき傷の様な跡が残る。
「うるさい……お前らみたいなヤクザなんて……この文字でも見てろ!!」
乱雑に作られた引っかき傷がうねうね動く。
それはやがて文字となり『この世は全部ユーフォ様のモノ!!』というバカみたいな文章が空中に浮かび上がった。
それをもろに見たヤクザの連中は、各々驚嘆の声を上げる。
目をつぶるった人間。
その場に倒れた人間。
気絶までは行かないが、膝をつく人間。
ユーフォが空中に描いた悪魔文字に対するリアクションは様々だ。
だが、俺達が逃げるには十分な隙だ。
「健二さん!!ユーフォちゃん!!」
ミミミさんがこちらを振り返る。
「ちょっと痛いですよ。少し我慢してください」
左右それぞれの腕で俺とユーフォの体をがっちりと掴み地面を蹴る。
視界はぐわんと変わって知らない家の屋根の上。
屋根から屋根へと飛び交うミミミさんに揺られ、俺達は窮地を脱するのだった。
◇
「おい……テメェら無事か?」
くそ。
ユーフォの奴が反抗してくるのは想定外だった。
まぁ、今日ここに来たのはヤク中の回収だ。
ユーフォを見つけたのも、あの人食い女を見つけたのも全部たまたま。
「おい、浜やん。あの女、追わなくて良いのか」
「さっきの見たろ?普通にやって勝てる相手じゃない」
あの女を潰すには最低限ロキの協力が必要だ。
今焦ってやりあう必要はねぇ。
「でも浜やん。あのロキとか言う女の連絡先もってるんだろ?」
「オヤジが連絡すりゃ、すぐに飛んでくるってロキの姉貴言ってましたよ」
「馬鹿言え。あれは本当の半島に緊急な時だけだ」
ロキの奴、遊び半分で呼べば最後。
碌でもない事要求してくるからな。
「悪い事は言わない。ロキって人間からは手を引きなよ」
「ん?誰だ」
声の方向へ振り返る。
「たとえ君達がどんな悪人だったとしても、あの邪神の道楽に潰される道理は無いと思うからさ」
そこに立っていたのは栗毛の女だった。
ロングコートを身に纏い、ビール缶を片手にこっちを見つめていやがる。
「なんなんだよテメェは」
「私は警察だよ。ちょっと特殊なね」
こいつサツか!!
マル暴じゃねぇみたいだが……ここを見られたのはちと面倒だな。
さっき人食い女にボロボロにされた元ヤク中の化け物。
死にかけだがまだ息はある。
サツ一人殺す分には申し分ない。
「そうか。悪いがサツなら生かして返せんなぁ」
こう、指をくいっとするだけでバケモンは動く。
これであの女は終いや。
「縛り上げて【グレイプニル・オルタナティブ】」
「は?」
女の背後から緑の鎖が現れる。
その鎖は一瞬にして化け物の体を拘束した。
「私はさぁ、善意で言ったんだよ。頭の足りない君達ヤクザより、ロキの事は詳しいからね」
サツの女は呑気に酒をあおる。
瞬間、奴の纏う雰囲気が一変した。
「私は警視庁超常現象課、超能力者第一部隊所属の酒呑角トバリ。君達にバックについてるようなクソ邪神をぶっ殺して回ってる女だよ」




