都会のモヤシには負けない
人を調理するとき、大変なのは捌き方だ。
一度人体に刃物を通すと分かるが、あれが意外と切るのが難しい。
雑に切れば良いと言うものでもない。
俺は捌キノ家の料理人。
人の肉は出来るだけ綺麗に、可食部を取り出す必要がある。
骨も綺麗にとって、魂を浄化する儀式用に残しておく必要がある。
そこまで加味すると、人肉料理を作るハードルは高いと言えるだろう。
もちろんテクニックはある。
人の肉を調理する用の鉈もある。
だが、そんなものは所詮小手先。
人肉料理を作るうえで必要なのは……どんな刃物でも人体を引き裂ける程度の筋力だ。
「なんだコイツ」
「おいおい浜やん。こいつ強いぞ」
目の前の男たちを見る。
そこそこ喧嘩慣れはしている風貌だが……体の鍛え方がいまいちだな。
「所詮は現代社会育ち。百玉村で育った俺とは体の出来が大違いだ」
2,3人。
殴って黙らせた。
さて、ここからどうするか。
「健二……どうして」
後ろでへたり込むユーフォは困惑した顔で俺を見つめる。
まぁ、あんな事をしでかした後だ。
気まずくもあるだろう。
「さっきも言ったろ?ミミミさんに感謝しとけって」
「ミミミちゃんが?」
俺が気絶していた時間はおそらく2分ぐらいだろう。
右手にチクリとした痛みが走って目が覚めた。
手の甲にはミミミさんの愛用しているバタフライナイフ。
そして、『ユーフォちゃんをお願いします』と文字が撃たれた彼女のスマホが置いてあった。
「言いたいことは山ほどあるが、今はここから逃げるのが先だ」
「ちょっと待てや兄ちゃん。それは看過できんなぁ」
こいつ。
さっき浜やんとか呼ばれてた男か。
「悪い事は言わんからさ。ユーフォを引き渡せ」
「何で俺がお前なんかの言う事を聞かなきゃいけないんだ?」
「えぇ質問やなぁ。答えは単純、痛い目を見ないで済むからや」
末端の組員が『浜やん。連れてきたぜ』と騒ぐ。
奴らが担いでいたのは異様に生気を失い、ガリガリにやせ細った一人の男だ。
「俺達六芒組は今、新しいビジネスを始めてる」
「ビジネス?」
「クスリの販売や……それも悪魔の死体を使ったクスリのな」
浜やんが服から取り出したのは灰色の粉末が入った袋。
その袋を見て、末端組員に担がれていた男が暴れ始めた。
「こいつは従来のクスリより中毒性が高くてな。それにうちのオリジナル。これがほんまえぇ稼ぎになる」
「お前、一体何の話を」
「一番気に入ってるのは、その副作用」
浜やんがその薬を暴れる男に無理くり飲ませる。
その瞬間の事だった。
「このクスリをキメ過ぎた馬鹿はな、その身体も心も化け物になるんや」
ガリガリにやせ細っていた男の体が膨張する。
肌は灰色に褪せ、表情は原型を巻くして崩れ去った。
「なんだ……あれは」
違和感がある。
あんな化け物が、現実に存在する違和感がある。
俺の脳が目の前の情報を……拒んでる。
「何が良いってよ。化け物の主導権は俺が握ってることだ」
「っ?!健二、逃げて!!」
「カモをヤク漬けにして、駄目になったら化け物として従える……ほんと、ロキには感謝してもしきれねぇ」
ぐんと。
視界が激しく回り始める。
遅れて全身を伝う痛み。
まぎれもなく、俺の口から吐き出された赤い液体。
俺は……今、殴られたのか?
この、化け物に。
「クソっふざけー」
俺の声をかき消すように、化け物が声を上げる。
その歪に膨らんだ化け物の左手はいとも簡単に俺の体を掴む。
「あぁぁぁぁ!!」
痛い。
全身の骨が折れそうだ。
以前、ミミミさんに全力で抱き着かれた時があった。
あの時も大概痛かったし、骨が一本折れるかもなんて思った。
でも、これは違う。
死ぬ。
本気で死んでしまう。
「やめて!!アンタ達の狙いは私なんでしょ」
「ユーフォ」
「なら、私だけ連れて行けよ。健二は関係ない」
馬鹿。
こういう腐った現代社会の人間にそんな交渉無意味に決まってるだろ。
大体、腰が抜けてるままじゃないか。
そんな状況で見え見えの虚勢を張ってどうするんだよ。
「ユーフォ……それは無理や」
「なんで」
「これはこの兄ちゃんが選んだ結果や。おとなしくこっちの言う事聞いてたらこうはならなかったのになぁ」
組員たちが近づいてくる。
にやけた顔で、俺達を物色しながら。
「おい浜やん。こいつどうする?殺すのか?」
「気絶させるだけにしとけ。こいつの体もバケモンにするぞ」
「いいねぇ。めっちゃ強いバケモンになるぞ」
くそ。
こんな所で終われないんだ。
まだ、記憶も戻せてない。
百玉様の復活も果たせていない。
それに俺がここで死んだら……百玉村を知る人間が居なくなる。
「おいお前ら、そいつの口開けさせろ」
その号令を境に、複数の組員が俺を囲った。
化け物に体を拘束され、複数人の手が俺の顔を無理に動かす。
意気揚々と新しいクスリと取り出した浜やんが、ゆっくりゆっくりと向かってくる。
そして、次の瞬間ー
「その汚い手で私の健二さんに触れないで」
化け物の腕が爆ぜる。
猛スピードで投擲されたバタフライナイフが化け物の腕を切断していたのだ。




