捌キノ健二の被害者
『良かったね。アンタ、今年の生贄なんだって』
『百玉様が良い来世を用意してくださる。好きなものを考えておくといい』
皆、笑っていた。
おめでたい事が起こったのだと、楽しそうに話し合っていた。
私は生贄になる。
村の名前の由来にもなった神様、百玉様に食べられる。
村を走った。
皆が私を歓迎する。
皆が私をうらやましがる。
齢の子供が生贄にされると言うのに、村の雰囲気はいつもにまして明るい。
気づけば息は荒くなっていた。
救いを求めて村を走る。
そこで目に映ったのは幼馴染の男の子だった。
捌キノ健二。
この村で一番偉い家の長男。
ひそかに好きだった男の子。
彼に頼めば助けてくれるかもしれない。
だから私は彼の名前を呼んだのだ。
『けーくん』
『おう。波内か』
『あのね、私ー』
『あぁ知ってるよ。百玉様の生贄になるんだろ?』
よく見ると、彼の右手には鉈があった。
子供の体には合わない、大きな大きな鉈が。
『誠心誠意料理してやる。お前の魂が百玉様の元に届くように』
あぁ……そうだった。
その時すでにけーくんは、生贄用の人肉料理を作っていたんだった。
言ってたね。
最近、オヤジに認めてもらったんだって。
いやだなぁ。
私、けーくんに殺されたくないよ。
『けーくん、私ね』
だから声に出して言わなくちゃ。
私を殺さないでって。
『生贄になるときはハンバーグが良いな』
あれ?
何を言ってるんだろう。
どうして、声が照れてるときの声なの?
鳴り響く心臓は怖いものを見た時のそれじゃない。
まるで恋する女の子が鳴らす心臓の音だ。
それに、どうして私は進んで生贄になんかなろうとしてーー
そこまで振り返って、自分の姿をあらためて凝視した。
私、今子供の姿になってる。
そうか、これは夢じゃない。
昔の光景を思い出してるんだ。
私は昔、生贄になることに何の抵抗感も無かった。
好きだった男の子の手で自分の体が解体されることに喜びすら抱いていた。
もし……警察が村に介入していなかったら。
トバリさんと天使さんが居なかったら。
今頃私は……私は!!!
「嫌!!」
気が付けば、ベッドの上だった。
嫌な汗の感覚が全身にへばりついている。
「どうして……昔の事なんか」
あの時、嫌な記憶は全部消してもらったはずなのに。
「今日はどのみちトバリさんと会う……その時に相談してみよう」
◇
「いやぁ、波内さんは仕事が早いねぇ」
「いえ。今日は外せない用事があって残業が出来ないので急いだだけです」
よかった。
会社での業務が早く終わって。
「因みにさぁ波内さん、その用事って彼氏さんとのデートだったり?」
「今時セクハラになりますよ、それ」
「アハハ……厳しいねぇ」
「因みに、彼氏は居ません。昔の失恋を引きずっておりますので」
「本当にごめんなさい」
顔を青くして上司が謝っている。
まぁ、ここまで言えばこの能天気な上司も突っ込んでこないでしょう。
「そう言えば、話は変わるけどさぁ……波内さん、健二君の噂知ってる?」
「捌キノさんの?」
「そうそう、彼女が出来たんじゃないかって噂だよ」
ちらりと、視線をけーくんの方へ向ける。
死んだ魚の様な目でデスクに向かう姿。
やっぱり、現代社会にはなじめてないみたい。
けーくんの心はまだ、百玉村に囚われたままなんだ。
そんなけーくんが外の世界で彼女なんか作るだろうか?
「捌キノさんに限ってありえないでしょう」
「えぇ……そうかなぁ。ほら、この前の長期有給だって女の子と旅行してたって考えれば辻褄が合うし……聞いてみようかな?」
「それもセクハラになるからやめといた方が良いですよ」
「えぇ……」
「それでは私は用事がありますので」
それだけを口にして、私は会社を出た。
◇
「やっほー。波内ちゃん」
「トバリさん。お疲れ様です」
高そうな寿司屋で待っていたのは、栗毛が特徴的な女性。
酒呑角トバリさん。
警察官で、少し特殊な部門に居るらしい。
「ほらほら、個室とったから行こう」
「すみません。こんなに良いところ予約してもらって」
「良いの良いの」
靴を脱いで、和風の個室に通される。
色鮮やかな寿司。
体にしみる吸い物。
普段食べることもないフグの刺身。
これ、全部トバリさんの奢りだ。
本当にこの人には頭が上がらない。
「ところで波内ちゃん……彼の様子はどう?」
食事が一段落したところでトバリさんが切り出した。
彼というのは、きっとけーくんの事だろう。
「捌キノさんの様子は別段変わらないです。未だに心は百玉村にあるんだと思います」
「そっかぁ……現代社会にはなじんでくれそうにないねぇ」
私達、百玉村の子供は全員トバリさんに助けられている。
村が壊滅した後、カウンセリングの施設に入れてもらっていたのだ。
そこで生贄とは何なのか?
自分たちは村でどういう扱いをされていたのか?
それを教えてもらった。
過去がトラウマになっている子には、天使という存在の力を使って記憶を消してもらった。
ただ一人、けーくんを除いて。
百玉村でも中心的な存在だったけーくんは、カウンセリングを受けてもどんな大人の話を聞いても変わらなかった。
百玉村の価値観を絶対だと信じ、ぶれることは無かった。
「で、でも……彼はこの前、長い有給を取ってたんです。なんでも、私も好きなアニメの一気見をするとかなんとか」
けーくんは、現代社会にとって危険な存在だ。
百玉村に囚われて、今の社会を敵視している。
それ以上に、捌キノ家の血筋はいつか百玉様を復活させる恐れがある。
「捌キノさんが今の社会を嫌っている事は確かです。でも、きっと彼なりに適合しようとはしていると思います」
だから、当初警察はけーくんの記憶を全て消すつもりだった。
しかし、天使の力をもってしても、けーくんの記憶は完全には消えなかった。
その事実を踏まえ、けーくんの処刑まで検討され始めていた。
当然だ。
世界を滅ぼしかねない神様を蘇らせる存在を放ってはおけないから。
「監視カメラの情報を見ても、健二君が犯罪を犯した痕跡は無かった。君の言う通り、どうにかこうにか折り合いをつけて生活しているんだと思う」
「良かった……私が見ていない所で何かをしていたらと思うと」
だけど、私はけーくんに死んでほしくなかった。
価値観が全く合わなくなっていたとしても、彼がどれだけ現在社会を嫌っていようとも。
このまま処刑されるのは嫌だった。
だって、けーくんは……私の初恋の人だった。
だから私はトバリさんに直談判したんだ。
そして……今はけーくんの監視役も兼ねて同じ会社に勤めている。
「現状だと、健二君の監視は継続するしかないね」
「そうですね……早く彼も、この社会を受け入れてくれたら良いんですが」
それが一番良いんだ。
けーくんが犯罪を犯さず、この社会で慎ましく生きる。
それだけが私の望みだから。




