これはまだ始まりだった
「それじゃぁ、ミミミさんは俺が寝ている間に百玉様と」
「はい。少しだけお話しました」
グシャリ。
グシャリ。
土を踏む。
壊れた故郷に響くのは、俺とミミミさんの声だけだ。
「なんでも、私達をここに連れて来るので力を使っちゃったそうで」
「そうか」
「健二さんは、夢の世界で試練を受けてたんですよね」
「あぁ……ちょっとキツいもん見たよ」
何か、今後に繋がるものが無いか?
そんな事を思い、二人で村を探索する。
「記憶は……完全には戻っていないんですよね」
「あぁ……でも、もう大丈夫なんだ」
子供の頃、走り回った広場の跡。
川に行くときに通った道。
俺の家だった場所。
波内の家だった場所。
「気持ちの整理はついた、百玉様も俺達の事を認めてくださった」
全部壊れてしまっていた。
その景色を見て、何かを思い出す事も、衝動に駆られることもない。
「これ以上の成果は無いよ」
でも、俺は得た。
今後の俺に必要なものを。
村に戻ってくるまでの、この旅で。
「う~ん……もうちょっと見て回りませんか?」
「何か気になる事でもあるのか?」
「はい。まだ何かが残っているような気がして」
ちらちらと周囲を見るミミミさんの姿が目に映る。
本当に不思議な子だと思う。
少し変で、ずっとおどおどしていて。
なのに変に勘は鋭くて。
その特性を生かすことを厭わない。
「ミミミさん」
「どうしました?健二さん」
小動物の様に振り返るその姿も。
目を離すと人を殺してしまうその狂気も。
おいしそうに俺の料理を食べるその姿も。
その全部が、俺の脳裏に焼き付いて消えない。
喉まで焦がして、声にすると感情があふれ出そうだった。
「わっ?!どどどどど、どうしたんです?!」
だから……そう、きっとだからだ。
みっともなくぶちまけそうになった感情が、抱擁という行動に変わっただけ。
そんなに強くは抱き着いていない。
本当に、本当にそっとミミミさんを包んでいるだけだ。
「この旅の事、本当に感謝してる」
「健二さん?」
「不安な事もある、課題もある……それでも、生きてみようって思えたんだ」
あぁ。
でも、嘘の言葉で強がることは出来ねぇなぁ。
気づけばもう、本音が口から零れ落ちてる。
「全部全部、ミミミさんのおかげだ」
ぎゅっと。
ぬくもりが俺の体を包む。
「言ったじゃないですか。今度は私が健二さんを救う番だって」
ミミミさんが俺の体を抱きしめ返していた。
互いの体を引き寄せる力は、徐々に強くなっていく。
気づけば、互いの瞳をじっと見つめている。
「健二さん」
「ミミミさん」
ふと、気づいた。
俺とミミミさんの顔が近づいている。
このまま数秒も立てば、互いの唇がーー
バキ!!!!!
「うわぁぁぁ?!なな、なんの音ですか??」
突如響いた爆音で、ミミミさんがぱっと離れてしまった。
獣でも出たのかもしれない。
そう考えて、ふと音がした方向を振り返った。
「あれはー」
そこにあったのは、真っ二つに割れ、朽ちた一本の木。
その木の中に……銀色に輝く鉈が一つ。
「健二さん……あれって、前に言ってた」
「あぁ」
忘れもしない。
オヤジが使っていた、生贄料理用の鉈だ。
「ハハ……なんでこんな所にあるんだよ」
すっと手に取った。
驚くほど手になじむ。
「これも、百玉様からの施しなのかもな」
「……だとしたら、ちょっとタイミングは考えてほしかったです」
愚痴っぽくこぼしたミミミさんの言葉。
少し笑ってしまった。
そんな俺につられてか。
すこし、恥ずかしそうにミミミさんも笑う。
「それじゃぁ、健二さん」
「あぁ。帰ろう……俺達の家へ」
そうして二人、手を取る。
これから色々あるだろう。
酒呑角トバリに、ミミミさんが出会ったと言う他の神。
気がかりな事は多くある……でもー
「はい!安全に帰るまでが旅ですから」
ミミミさんと一緒なら大丈夫だ。
◇
これは健二さんがまだ寝ている時の話。
私と健二さんが家に帰る……その少し前の話。
百玉村に着いた時の、私と百玉様だけの内緒の約束。
「たしか……ここに」
「何を探しているんですか?」
「私の死体だよ」
百玉様はそう言って、地面を優しく掘った。
私の勘は、いまだに百玉様を味方だと訴えかけている。
なら、きっと私は受け入れた方が良い。
この後おこる、すべての事を。
「あった」
地面から出てきたのは、干からびた人の手。
異常だったのは、その手の切断面に白と黒のノイズが走っていた事だ。
「回帰して」
百玉様がそう言うと、ふっとノイズが消え去った。
残ったのは、腐った干し肉に見える……神様の死体だけ。
「いまからすることは、けんぼうには内緒」
「り、理由を聞いても……いいですか?」
「けんぼうは保険があるのを知ると、それを頼りにするだろうから」
なるほど。
だから内緒の保険を私と作るつもりなんだ。
「これ……食べて」
美味しくはなさそう。
できれば、健二さんに料理してほしい。
「でも、それじゃぁ駄目なんですよね」
どんな影響が私の体に出るか、分からないけど。
一つ、確かなのは……この肉を食べる事は重要であると、私の勘が告げてるって事。
「なら、私に拒む理由はありません」
いま、私の胃の中には百玉様の腕がある。
それがこれからの私達にどう影響するのか、今は分からない。




