故郷 / 滅亡
「まず、私達村の子供が知らなかった事実があるの」
波内の背中についていく。
視界は未だ歪んだまま。
目に情報は入っているはずなのに、要領を得ない。
「酒呑角トバリは何度か百玉村に来ていた」
「え?一体何の為に」
「交渉だよ。百玉様を警察のコントロール下に置かないかってね」
瞬間、パチっと視界が揺らぐ。
そこに映っていたのは、武器を持って構える村の大人。
『もう一度言わせてください。出来れば私は力以外の方法で解決させたいんです』
そして、それに相対するのはロングコートを身に纏った栗毛の女。
間違いない。
俺の記憶にかすかに残っている酒呑角トバリと同じ容姿。
『こちらの要求は、貴方達の神様の力を一部制限する事。村の外の人間に百玉村特有の因習を押し付けない事です』
『黙って聞いていればペラペラと。百玉様のお力に制限を付けさせろだと?何様のつもりだ』
前に出たのはオヤジだ。
『大体俺達がお前らに何をした?俺達は外に出て生贄を探すなんて事はしていないぞ』
『今はそうでも、今後どうなるか分からない。特に、あなた方が信仰している百玉様の力が今より強大になった時、私達の社会に影響を及ぼさないとは限らない』
それは詭弁だろ。
俺達の生活は村の中だけで完結していた。
生贄も、百玉様の力も、全部村にしか影響を及ぼさなかった。
ずけずけと乗り込んできて、勝手な言い分を立てているのはそっちだ。
『何度も言っている。貴様らの要求など聞くつもりは無い』
『強大な力は、いつか矮小な存在の人生を必ず踏みにじります』
ガサゴソと、酒呑角トバリがコートを漁る。
取り出したのは、銀色に光るビール缶だった。
『その力の源は、場合によっては尊重されるべきでしょう。貴方達の様に、隣人を守る為の力かもしれない。もしかしたら、恋人を守りたいなんてロマンチックな願いなのかもしれません』
何を思ったのだろう。
トバリはそのビール缶をグイッと飲み干した。
『でもね……そこに秘められた思いがどんなに綺麗なものであったとしても!!』
瞬間、トバリの雰囲気が変わった。
酒気を帯び、赤く染まったその顔にはー
『それで人生潰された側は納得いかなねぇんだよ!!!』
真っ黒な殺意が込められていた。
『最後通告だ……私の要求を飲むのか、拒むか、今ここで決めろ』
トバリはビール缶をグシャリと握りつぶした。
それと同時、空いていた左手で周囲に紙をばら撒く。
それを見たオヤジも動き出した。
一心不乱に祝詞を唱える。
それに合わせて、村の皆も武器を持って応戦する。
ごうごうと音を鳴らし、オヤジの後ろで百玉様も顕現され始めた。
その、瞬間の事。
『惑わせ……悪魔の契約書』
トバリが言葉を放つ。
周囲にばら撒いていた紙が、一瞬にして手榴弾に変わった。
「な?」
誰が反応するよりも早く、閃光が視界を埋める。
熱が俺の肌に触れた。
『天使君……心を読む権能はもういらないよ。あいつ等との交渉は不可能だ』
冷たい声が響く。
晴れた視界に映し出されたのは、まさに地獄絵図。
村の大人が焼け死んでいる姿だ。
『警視庁超常現象課、超能力者第一部隊所属、酒呑角トバリ……既定に基づき、世界を滅ぼす【災厄】になりうる現象の殲滅を開始する』
『こ、こんの悪魔め!!よくも皆を』
オヤジの怒号が響く。
それに続いたのは、後ろで完全顕現された百玉様だ。
『だいじょうぶ。みんなの傷は私が癒す。だから安全な所へー』
『他人の心配してる場合かよ、神様』
パァンと音が鳴った。
見れば、トバリが2本目の酒を飲みながら発砲をしていた。
おいおい、気が付かなかったぞ。
いくら何でも予備動作が少なすぎる。
『そんな危ないものは私達の村には要らない』
百玉様が腕を振る。
衝撃波が生み出され、それに阻まれた銃弾は動きを止めた。
『回帰して』
『これが報告にあった……酒まで古くなってんじゃん』
トバリはそう言うと、木製の何かに変わっている銃と古びたビール缶をパッと手放した。
そして、落下するそれを勢いよく蹴り飛ばす。
『私さぁ、超能力者って奴なんだ』
『それがなに?』
『酒の毒で脳のリミッターを外せるんだよ……だから、お前の動きなんか四手先まで想像できる』
トバリが地面を蹴る。
そして、コートから取り出したのは緑色の鎖。
『後ろの男を庇う事も、この武器を自分の能力で無力化出来ると思っている事も、全部お見通しなんだよ』
まるで竜が舞っている様だった。
ギュルギュルと音を立てる鎖は的確にオヤジの頭を貫き、百玉様の胴体をなぶった。
『なんで、回帰しないの』
『グレイプニル・オルタナティブ……元々天使長をやってたアルゴスって神様の神器を人工的に再現した一品だよ』
一発。
また一発。
『ま、簡単に言うと不思議な力を無効化出来るんだよ』
百玉様が手も足も出ず、仕留められていく。
『そのアルゴスも【世界を書き換える災厄】ってのに殺されたみたいでさ……その戦闘の余波で私の家族も死んだよ』
『ハァ……ハァ』
『だから私はこの力に目覚めた時に誓った……テメェらみたいな力を振り回す化け物を殺せますようにってさぁ!!』
もう、見てられない。
「駄目だよ、けーくん」
「離せよ波内」
走り出す俺の手を波内が掴んで離さない。
「言ったでしょ。ここは過去の再現、手出しは出来ない」
「じゃぁ、ただ見てろっていうのか?!」
「そうだよ……もし、けーくんとミミミさんの生活に酒呑角トバリが入り込むときがあった時の為に」
「そんなこと言っても、こんなものを見せられて何になる」
「情報が無いよりはましだよ。どうして滅んだかを知っていれば、対策は立てられる」
百玉様は必死に反撃をされていた。
しかし、トバリは涼しい顔をして躱す。
その代わり、絶えずアルコールを口に含んでいた。
『なるほど……確かにあなたは強い』
『へぇ、そこ認めちゃうんだ』
『でも、互いに決定打が無い。持久戦なら、私は負けない』
百玉様の言葉を聞いて、少し冷静に戦局を見た。
確かに、百玉様は押されている。
だが、そのお体には傷やあざが出来ていない。
考えてみれば当たり前の事だ。
酒呑角トバリは所詮人間だ。
普通に武器を振り回すだけでは神である百玉様にダメージを与えることなど不可能。
仮にあいつが百玉様を殺す武器を持っていたとして……その武器は百玉様の力で対応可能。
あの拳銃のように別の何かへと回帰する。
『ハハハ……馬鹿だねぇ。お前みたいな相手に持久戦なんか持ち込まないっての!!』
ギュルギュルと鎖が暴れる。
鎖は大きく振られ、トバリの左腕に巻き付いた。
トバリは鎖が巻き付いた左腕で、百玉様の腹を殴る。
『今の攻防で、君の権能は大体理解した』
そう言って、右手で何かを取り出した。
あれは……ハンドガン?!
馬鹿な。
それは悪手だろう?
『君の権能はグレイプニル・オルタナティブに巻かれている私の左腕内部には作用しない』
トバリはその銃身を、自分の腕に向ける。
『だったら、そこから弾丸を通せばいい』
『あなた、そこまでして」
轟音と鮮血。
トバリの左腕を通って、百玉様に一発の銃弾が当たった。
『こいつは特別でね、一発当たれば終わりなんだ』
『なにをー』
『爆ぜろ……堕天使の弾丸』
キューッと。
この世ならざる音がした。
次の瞬間、百玉様の体から黒と白の混ざったノイズがあふれ出る。
『これは……私の意識が、書き換えられていく』
『この世からいなくなるんだよ。これはそう言う代物だから』
『やめろ……私には、あの子たちをー』
言い終わる前に、ノイズは爆散した。
百玉様の体が、まるで最初からそこに無かったとでも言うように消え去った。
『安心しなよ。村の子供は私達が面倒を見る……現代の社会で、ちゃんとした生活が出来るようにサポートする予定だよ』
トバリはそう言うと、一転して最初の雰囲気に戻る。
苦しそうな声をあげ、顔を青くしてゲロを吐いていた。
『う、オェ』
その時間は長かった。
地面にうずくまり、勝者の余裕など感じ取れない惨めな姿だった。
『下戸なのに無茶をするからだ』
『天使君』
そんなトバリの背中をさする光が一つ。
『後はお願い』
『あぁ……すまない、荒事を任せっぱなしで』
『最初に決めたでしょ?私はただ、役割を遂行しただけだよ』
4つの羽を生やした天使がこの村を見下ろしていた。




