故郷 / 回帰
どこか、懐かしい匂いがしている。
うつろ、うつろと、寝ぼけ眼をこする。
こんなに眠気を感じるのは、なぜか妙に久しぶりな気がした。
しっくりと来る安心感があるような。
「健二……おはよう」
「え?」
思わず、耳を疑った。
だって、その声は妙に聞き覚えのある声で……もう聴けないと思っていたはずの声だったから。
「かあ……さん?」
目を開ける。
母さんだけじゃなかった。
オヤジに爺さん……遊んでやった近所のちびっこまで。
「これは夢か」
「そうだな。でも、ただの夢ではない」
視界に映るのは、俺の家だ。
百玉村で過ごしていた時の……俺が過ごしてきた家だ。
「この空間は、百玉様がお前の心の中に作られたものだ」
「百玉様が?」
「そうだよ。健二が頑張ったから、百玉様は力の一部を取り戻されたの」
俺のおかげだって?
そんな……俺は特別な事はしていない。
「お前、昨日の料理で自分の信念を自覚したな」
すっと、オヤジが目を合わせて来る。
これは……俺に人肉料理の技術を叩き込んでいた時と同じ目だ。
「どれだけ外の世界に汚染されようと……生贄になった人間の魂を思って料理をすると」
「すげぇぜ兄ちゃん。かっこいいや」
「私達が居ない間にこんなに成長して」
皆……やめてくれよ。
俺はそんな、凄い事はやり遂げてないよ。
「もっと自信を持っていい。お前は百玉様に認められたんだ、次の捌キノ家の当主として……生贄を捧げる料理人として」
「俺が……認められた?」
「そうよ。その証拠にほら、外の世界では百玉様とミミミちゃん?が話してるわ」
ミミミさんと、百玉様が話を。
そうか。
もしかしたら、百玉様はミミミさんを正式に巫女として迎え入れてくださるのかもしれない。
「健二、捌キノ家の人間が百玉様に選ばれると言う事がどういう事か理解しているな」
「もちろんだ。ってか、オヤジが散々言ってたことじゃないか」
百玉様に選ばれた人間の役割は……楔。
百玉様をこの世に止めるための存在。
オヤジが言っていた事だ。
この村は、模倣から始まった。
生贄も、文化も、生活も、神様が居ない状態で、形だけを模倣した。
その空っぽの信仰が、百玉様という本物の神を作り上げた。
だからこそ、俺達は模倣の文化を本物にしないといけない。
そして、不安定な存在である百玉様を神にするために俺達は楔になる。
「でもオヤジも知ってるだろ。俺はもう、百玉村の言葉を話せない」
「そうだな」
「この状態で祝詞を唱えてみろ……百玉様にどんな影響がでるか」
オヤジは言葉に詰まった。
きっと、オヤジもその事を重々理解はしているのだろう。
「そうだな、祝詞を唱えるのはお前が言葉を取り戻してからの方が良い……だがな!!」
「オヤジ?」
がっと。
型を掴まれる。
「良いか、祝詞で大切なのは信仰だ。もし、どうしようも無くなった時は祝詞を唱えるんだ」
「それでどんな影響が出ても、私達は受け入れるわ」
「そもそも、わしら全員殺されとるからな」
わーっと笑い声が上がる。
ったくよ。
笑い事じゃないんだぞ。
「でも、悪くないな……こういうのも」
「良かった。けーくんが元気になって」
ふと、後ろから声を掛けられる。
振り返ると、そこに立っていたのは。
「波内」
毎日会社で顔を合わせる波内の姿だった。
けど、その容姿は昔の……子供の頃のままだ。
「現実のお前は……きっと今も現代社会の人間として生きてるんだろうな」
「うん……これはあくまで夢を元にして作った空間だから」
子供波内はそう言って俺を手招きする。
俺は引き寄せられるように、彼女の後を着いていった。
「けーくんにとって、現実は苦しい所?」
「そうだな。毎日が地獄みたいなもんだ。ミミミさんに合わなきゃ今頃どうなってたか」
「そうだね……でも、けーくんはその現実に立ち向かわなきゃダメ」
「酷な事を言う」
「だから、その為にこの村に何があったのかを共有するの」
「共有?」
瞬間、視界が揺らぐ。
懐かしい匂いは次第に消え、代わりに血と火薬の匂いが鼻につく。
「この村がどうやって滅んだのか……百玉様を殺した酒呑角トバリがどんな化け物だったのか」
それは、きっと俺が一番見たくない光景だった。
そして……今後の事を考えるのであれば知っておくべき光景だった。
「百玉村が滅んだその瞬間をけーくんには疑似体験してもらう」




