俺の中にある大切なもの
「うわ……汚部屋ですね」
見知らぬ男の家。
そこはゴミのたまり場だった。
「一泊するには向いてなかったんじゃないか?」
「う~ん……私の勘は絶対だと思うんですけど……ごめんなさい」
「いいよ、気にしてない」
ミミミさんは男の遺体をいったん風呂場に移すそうだ。
まぁ、この惨状じゃ他に置き場がないもんな。
「とりあえず、キッチンを片付けないと」
せっかくのIHも空のカップ麺に占拠されては使い物にならないな。
「えっと……お、あった」
ゴミ袋だ。
それも40枚入りの新品が3つもある。
これだけあれば、キッチン周りをある程度綺麗には出来そうだな。
「ん?何だこれ」
ゴミ袋の下に何かある。
これは……日記か?
【ロキロキ☆ファイナンスから10万借りた!!これで人生上がれる】
さっと中身を見たら捨てるつもりだった。
【この前入ったコンサルで言ってたんだ。この会社の株を買えば大金持ちだって】
この日記を書いた奴は名前も知らない男。
しかも、俺が嫌いな現代社会を生きる人間。
【俺を馬鹿にしてた親も、頭の悪い同僚も、これで見返せる】
読む価値なんて無いはずだ。
【クソッ。クソッ。あのコンサル嘘つきやがったのか??全然儲からねぇじゃないか!!】
でも、気になってしまう。
気づけば、彼の文字を目で追ってしまう。
【ロキロキ☆ファイナンスってヤクザとグルだったのかよ!!そんなもん知らねぇよ。俺が借りたのはたったの10万だぞ……なんでそれが40万に増えてるんだよ】
なんて苦悩に満ちた人生だろう。
ページをめくるごとに、あいつの悲しみが流れてくるようだった。
「まったく、碌な料理器具がねぇな……この際だ、使えるものは何でも使おう」
変な話だ。
俺は今、見知らぬ男の為に体を動かしている。
苦しみで満ちた今から魂が解き放されますように。
来世では金なんてくだらないものに振り回されませんように。
百玉様がお前の魂に良き縁を結び付けてくれますように。
「冷蔵庫の中も腐ってるな。まともに使えるのはカップ麺ぐらいか」
そんな祈りを込めて料理をする。
百玉様へ送る料理は生贄であると同時に、その人の魂をより良い存在へ転生させる為の儀式である。
「ミミミさん。すまないが調べてほしい事がある」
「は~い。何を調べたら良いですか?」
「カップ麺のアレンジレシピ。出来れば動画が良い」
俺の中に唯一残っている信仰。
どれだけ記憶を汚されようと、変わることのない信念。
それがちゃんと自分の中に残っている事を自覚できた。
「それじゃぁ、この人のパソコン使っちゃいましょう。この位置ならキッチンからでも見れると思いますし」
「パスワードとか大丈夫なのか?」
「勘で開けちゃうので大丈夫です」
記憶は未だ蘇らない。
憂鬱な気分が晴れた訳でもない。
「それにしても意外ですね。カップ麺のアレンジレシピ」
「嫌だったか?」
「い、いやいやいや!!!ただ、健二さんて動画でレシピ調べるとか、あとはインスタント系とかを人肉料理に使うのは嫌なのかな~って思ってたので」
「少し前の俺ならそう言っていたかもな」
でも、体が技術を覚えている。
心の奥底で育った信仰は体を動かす原動力になっている。
何よりも優先すべき事をちゃんと頭ではなく心で理解もした。
「さっき、こいつの日記を見たんだよ。それで思い出したんだ」
「何をです?」
「俺が何の為に人肉料理を作るのかだよ」
だったらもう、俺は自分を見失わないだろう。
「ほら、そう言ってる間に出来たぞ」
「おぉ!!器に移すだけで全然印象が違いますね」
この部屋にあった唯一綺麗な器に盛られたラーメンはそれなりの見た目にはなってくれた。
ミミミさんの顔を見る限り、匂いも問題なさそうだ。
「それじゃぁ健二さん。彼の骨を」
「あぁ」
ミミミさんが骨を咥える。
そして、祈る。
ミミミさんには頭が上がらないな。
「ふぅ……それじゃぁ食べますね!」
「おう。熱いからゆっくり食べろよ」
あの日、ミミミさんと出会わなかったら。
ミミミさんがこの旅行を提案してくれなかったら。
ミミミさんがこの家に泊ろうと言いださなかったら。
きっとどこかで俺は俺じゃなくなってた。
「う~ん!!美味しいです」
この旅行が終わったら、次はミミミさんの行きたい所を聞いてみよう。
そうしてまた二人で旅に出て、少しでも彼女にこの恩を返せたら。




