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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第5部 ヒトらしく生きるって?
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臼井マネ「ストーカーを突き止めた!」。そしてVS佐伯紗江、散る火花!

 月影が村田の自宅へ急行しているその裏で、臼井マネージャーは一人、薄暗いオフィスで複数のモニターと格闘していた。


 彼女の指先は、激情を乗せたままキーボードを叩き、マルトクテックの顧客データベースと外部の公開情報を力技で照合していく。




▶ 【裏側】臼井マネージャーによる身元特定


 「……見つけた」


 臼井は、画面に表示された戸籍謄本の写しと、SNSの投稿画像を並べて吐き捨てた。

 軽部トシ子の姉、軽部昭代あきよ

 トシ子とは十歳以上離れた異母姉であり、彼女の背後には、月影や村田が想像していた以上の「悪意のネットワーク」が張り巡らされていた。


 「単なる情緒不安定な親族じゃないわね、これは……」


 臼井が特定したのは、昭代が頻繁に出入りしている非公開のオンライン・サロンだった。

 そこは、『インフラ・スレイヤー』と自称する、大手サービスの脆弱性やスタッフの「過剰な善意」を突き、示談金や優遇措置を引き出すことを目的としたプロのクレーマー集団の隠れ家。


 さらに、彼女が連絡を取り合っていた相手のログに、臼井の目が険しく光る。


 「法務OBの……例のあの人じゃない」


 かつて村田にマニュアル通りの対応をされ、それを根に持っていた元・大口顧客企業の法務OB。彼は昭代に対し、村田の過去の対応ログの一部を「燃料」として提供していた。

 昭代が村田の自宅を知っていたのも、SNSでピンポイントに彼を追い詰められたのも、すべてはこのOBが社内の「誰か」から情報を引き出し、彼女に流していたからに他ならない。


 「村田くんを『無自覚なインフラ』に仕立て上げて、わざと暴走させる……。そうして彼が壊れた瞬間に、センター全体の管理不備を突いて、委託先をすげ替える。これが彼らの“オプション”ってわけね」


 臼井は震える手で、月影に情報を転送しようとした。

 しかし、その指が止まる。


 データベースの最深部。

 佐伯紗江人事部長の「閲覧履歴」に、軽部昭代の名前が残っていたから。


 「……嘘でしょ? 佐伯部長、あなた、知っていて月影さんに『モニタリング』を命じたの?」


 佐伯紗江は、村田が追い詰められることを知っていた。

 それどころか、この「炎上」を、管理統括室の月影と、現場の象徴である村田をまとめて排除するための『浄化作戦』として利用しようとしているのではないか。


 オフィスの自動ドアが開く音がした。

 足音はせず、ただ冷たい気配だけが臼井の背中に忍び寄る。


 「臼井マネージャー。……あまり深追いしすぎると、あなたまで『エラー』として処理しなければならなくなりますよ」


 振り返ると、そこには無表情な佐伯紗江が立っていた。




 暗いフロアに、サーバーの駆動音だけが低く響いている。

 臼井マネージャーは、モニターの明かりに照らされたまま、ゆっくりと椅子を回転させ、佐伯部長と向き合った。




▶ 【対峙】臼井 vs 佐伯:管理職同士の火花


「『エラー』……ですか」


 臼井は、震える指先を隠すようにデスクの端を強く掴んだ。

 目の前に立つ佐伯紗江は、微動だにせず、まるで精密機械のような冷徹さで臼井を見下ろしている。


「佐伯部長。あなたは、この『軽部昭代』という女がプロのクレーマー集団と繋がっていることを、最初から把握していましたね。村田くんがターゲットにされるよう、意図的に情報を流し、彼を『無自覚なインフラ』へと追い込んだ……」


 佐伯は、薄く唇を吊り上げた。微笑みというには、あまりに血の通わない動き。


「……臼井マネージャー。組織というものは、時として『新陳代謝』が必要なの。村田孝好という個人の善意に依存しきった現在のセンターは、もはや健全な組織とは言えない。彼は顧客を救っているのではない。顧客に『麻薬』を与えているだけよ」


「だからといって、彼を壊していい理由にはなりません!」


 臼井の怒声が、静かなフロアに突き刺さった。


「彼は、現場で誰よりも顧客の声に向き合ってきた。彼の“特別扱い”が、どれほど多くの顧客を、そしてこの会社の信頼を繋ぎ止めてきたか……! あなたがやろうとしていることは、代謝ではなく、自傷行為です」


 佐伯は一歩、臼井へ歩み寄った。

 その距離が、有無を言わせぬ圧力となって臼井を圧迫する。


「自傷? いいえ、これは『切除』よ。月影やあなたのように、現場の感情に引きずられる管理職も含めてね。……あなたは今、独断で権限外のデータにアクセスした。これは明確な就業規則違反。私がその気になれば、今この瞬間にあなたのアクセス権を剥奪し、懲戒にかけることもできるのよ」


 佐伯の手が、臼井のデスクにある端末へ伸びようとしたその時。

 臼井は、隠し持っていたタブレットの画面を力強く叩きつけた。


「……残念でしたね、部長。私がさっき見ていたのは、あなたの閲覧履歴だけじゃありません。あなたが法務OBと交わした『非公式な合意書』のドラフト……その通信ログのバックアップです」


 佐伯の眉が、初めてピクリと動いた。

 臼井は続ける。


「月影さんが言っていたんです。『臼井、もしもの時は徹底的にやれ』って。……私は現場の人間です。泥を被るのは慣れています。私が懲戒になるのが先か、あなたの背信行為が取締役に露呈するのが先か――試してみますか?」


 二人の間に、目に見えない火花が散った。

 沈黙。

 やがて、佐伯はゆっくりと手を下ろし、冷ややかな視線で臼井を射抜く。


「……月影真佐男。あの男は、本当に余計な『情』を部下に植え付けるのが上手いわね」


 佐伯は背を向け、出口へと歩き出した。


「いいわ。今はそのログ、持っておきなさい。……でも、村田の件はもう止まらないわよ。外圧はすでに、私の手を離れて動き出しているのだから」


 佐伯が去った後、臼井は崩れ落ちるように椅子に深く沈み込みんど。

 全身が冷や汗で濡れている。


「……月影さん、急いで。こっちは、もう長くは持たない……」


 臼井は震える手で、村田の自宅へ向かっている月影へ、暗号化されたメッセージを送信した。


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