「次は“最後”になる」月影がマネージャーを通じて村田に“再び警告”する日
村田は、
デスクに置かれた短いメモを見て眉をひそめた。
《至急。月影氏と臼井マネージャーより。応接室3》
――またか。しかも臼井さんまで……と、胸の奥で小さくつぶやいた。
軽部トシ子の件で通称THEロマンスグレー・月影真佐男氏からこっぴどく絞られてから、まだ二ヶ月も経っていない。
あの時の月影の声の冷たさは、いまでも背中に残っている。
応接室3の扉の前に立つと、妙に静かだった。
ノックして入ると、月影と臼井マネージャーは既に座っていた。
月影氏は、革張りの応接椅子にゆったりと腰を下ろしている。
対して臼井マネは、いつになくカリカリしている激情を隠さない。書類一式を閉じ、こちらに視線を向ける。その目に、怒りよりも“確信”のようなものが宿っているのを村田は感じた。
「座って」
臼井マネの声は静かで、しかし逃がす余地がなかった。
村田は姿勢を正し、深呼吸をひとつ。
「今回の件……何か誤解が」
言いかけた瞬間、臼井の眼差しが鋭く細くなり、
月影は穏やかな表情のまま、目を伏せる。
臼井は続けて、
「誤解じゃないわ。あなた、また境界線を越えたでしょう?」
心臓がひどく嫌な跳ね方をする。
軽部トシ子のときと違う。
あの時は“誤った気遣い”を盾に言い訳ができた。
だが今回は、月影と臼井に何を知られているのか、村田にはまるで分からなかった。
「……どこまで、聞かれていますか」
自分の声が震えているのが分かる。
臼井は、机上に置いた一枚の紙を指先で押した。
それは、社内チャットのログのプリントアウト。
件名:《営業支援オプションの“裏技”共有》。
村田の胃がきゅっと縮む。
あの軽い気持ちでの“悪ノリ”が、ここまで来るとは。
臼井は淡々と続ける。
「あなたが誰と何を共有しても、私はいちいち干渉しない。
けれどね――その内容が、顧客の誤解を招く可能性があるものなら話は別よ。
今回は『溺愛プランの“特別扱い”を誘発できる』なんて書いていたわね?」
「……冗談のつもりでした。深刻に受け取られるとは……」
「冗談で済ませる感覚を持ってること自体が問題なの」
臼井の声は低く、しかし淡々と刺さる。
「あなたが送った“たった一言”が、
誰かを勘違いさせ、誰かを欲しがらせ、誰かを怒らせる。
そういう部署にいることを、忘れないで」
村田は拳を膝の上で握った。
反論できる言葉などどこにもない。
月影の眉と目元が少しだけ、険しく村田を問いつめる。
拳の内側が、じわっと汗ばみはじめる。
臼井は続ける。
「もう一度だけ言うわ――これは、警告よ。あなたにとっても、チームにとっても」
沈黙が落ちる。
しかしその沈黙の中に、村田は以前とは違う“含み”を感じた。
月影は平常心のまま横目で臼井マネを見、
その目線を村田に移す。
臼井は書類を閉じながら、ゆっくりと言葉を足す。
「……そして、これは“再び”という言葉で終わらせるつもりはないの」
「……え?」
「つまり――次は“最後”になる。そう伝えておくわ」
村田の喉がつまる。
臼井がここまで言うのは、本当に限界が近いという証拠だ。
しかし、その一方で村田は気づいていた。
臼井マネの目の奥には、怒りだけでなく、別の何か――“差し迫った別件”への警戒も宿っている。
月影も、ゆっくりと頷く。
(もしかして、俺だけの問題じゃない?)
村田の胸に、
予感とも不安ともつかない影が伸びていった。
「戻りなさい。まだ私は“詳しく”は言わない。でも、そのうち分かるわよ」
臼井マネが視線を外した瞬間、
村田は小さく頭を下げ、応接室を出た。
扉を閉めると、廊下の温度がやけに低く感じた。
半年ぶりの“月影経由での臼井からの警告”。
だが今回は、明らかに何かが違う。
まるで、まだ見ぬ大きな波の手前に立っているような――
そんな感覚だけが残った。
と思った次の瞬間、
村田を追う足音が聞こえた。
まもなくそれが止まり、
「村田、死ぬなよ」
月影の、ぬくもりのある声だった。




