「……こんな、ことに……」月影が村田に“再び警告”する日①
③ 接続パート
(※前話の続き:月影が佐伯紗江の会議室を出た直後)
階段室の影に入った瞬間、月影の端末が震えた。
〈臼井:至急。港区顧客センター前で“夜間の異常アクセス”〉
〈臼井:村田関連。詳細は対面で〉
月影は一瞬だけ目を閉じ、端末をスリープにした。
(……もう動き始めたか)
廊下の非常灯の光が、月影の横顔を細く切り取る。
軽部トシ子の抗議書。
“村田ロス集会”の連鎖。
佐伯の指示。
臼井からの連絡。
すべてが、ひとつの一点──村田孝好に、収束しつつあった。
(月田……お前は、もはや放っておけない)
月影は踵を返した。
向かう先はただ一つ。 “現場”だ。
④ 本編
「月影が村田に“再び警告”する日」
港区顧客センター・夜。
人払いされたフロアには明かりが一つだけ。
その下で、村田孝好がパソコンの前に座っていた。
背中が、いつもより丸い。
月影は静かに入ってきた。
村田は振り返り──すぐに、姿勢を正した。
「……主任」
「村田。状況は?」
村田は端末を回転させる。
画面には、顧客ログの連続アクセス。
・“深夜3時に45回の連続呼び出し”
・“家のドアの前からの位置情報”
・“送信者不明メッセージ:むらた君、帰ってきて”
「……少し、“変な動き”があります」
少し──と村田は言ったが、月影は読み切っていた。
これは“村田ロス症状”の亜種だ。
副次的な依存、感情劣化、判断力の空洞化。
顧客が村田の“退場”を受け入れられない状態。
月影の喉がわずかに動いた。
(……紗江の言う通り、この男は無自覚なインフラになりつつある)
「村田」
月影は一歩近付いた。
「お前は今──危険地帯に入っている」
村田の顔が強張る。
「危険、というのは……」
「“別件だ”」
村田の呼吸が止まった。
月影は低い声で続ける。
「今日、佐伯から指示が下りた。
お前の現場裁量は全て、俺が直接見ることになる」
村田はすぐに反応しない。
ただ、瞬きが増えた。動揺のサインだ。
「……僕が、何かしましたか」
「した。
“無自覚に顧客の生活動線に入り込みすぎた”」
村田の眉が下がり、唇が固く閉じる。
月影は視線を鋭く向けた。
「村田。
お前は、善良なだけで済む立場じゃない」
フロアの空気が張り詰める。
「現場判断で人を救う。その積み重ねが、
“顧客の生きる理由”になりつつあるんだ」
村田は黙って聞いている。
それが余計に、月影を焦らせた。
「これ以上、お前自身が潰れる前に──」
言葉が途切れる。
月影としては異例の沈黙。
(……佐伯に“情がある”と見抜かれた影響か?
違う。これは──)
月影は、わずかに目を伏せた。
「村田。
お前が死ぬような働き方をしたら……」
言いかけ、喉奥で止める。
村田は気付く。
「主任。
“死ぬ”って……」
「言葉の綾だ」
しかし、声は揺れていた。
(本当は綾じゃない。
お前は線の細さに反して、ギリギリまで踏み込むタイプだ。
止めないと、死ぬ)
月影は端末を操作し、ある画面を表示した。
〈軽部トシ子:むらたのおにいちゃんを返して〉
〈生活破綻ログ:6名〉
〈情緒崩壊:8名〉
〈“村田ロス集会”第二回 日程案〉
村田の目がゆっくりと見開かれた。
「……こんな、ことに……」
「お前を“必要以上に必要とする者”が増えている。
それが“別件”だ」
村田は喉を詰まらせ、言葉を失った。
月影は最後の一言を落とす。
「村田。
お前は今──企業圧力でも顧客依存でもなく、
“人間の歪み”の中心にいる」
沈黙。
「これ以上、独断で動くな。
俺の指示なしに現場へ入るな。
……分かったな」
村田は息をのみ、ぎこちなく頷いた。
「……はい」
その表情には、初めての“恐れ”があった。
月影はそれを見逃さず、
(間に合う……か? この男は)
と心の底で呟き、踵を返した。
照明に照らされた村田の姿は、
まるで“追い詰められた灯火”のように見えた。




