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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第5部 ヒトらしく生きるって?
122/141

再び──佐伯の妹が月影に詰め寄った

 マルトクテック本社・管理統括室。

 窓も時計もない、吸音ボード張りの会議室。

 そのぶん、タチが悪いとも言える。


 そのプロジェクター近くに陣取っている

 佐伯紗江人事部長。

 マルトクの二世社員で、今春引退した佐伯浩一分析官の実妹 (63)。ちなみに東大工学部卒。

 彼女は、机の上に

 顧客側からの“村田ロス報告” を積み上げていた。


 その一番上には──

 軽部トシ子による 異例の“非公式抗議書”。


「村田孝好を戻しなさい。

 このままだと“港区顧客センター”が崩れる」

 と、彼女が書いたものだ。


 紗江は書面を閉じ、

 端末の呼び出しボタンを押した。


「……月影真佐男。来なさい」

 声は冷たく、低かった。





 会議室のドアが開く

 月影が入ってきた。


 背筋を伸ばし、

 書類一つ持たず、

 音を立てない歩き方。


「失礼します」


 表情は無。

 だが、紗江はわかっている。

 この男は“感情のないふり”をしているだけだ、と。


 紗江は椅子を回し、正面から向き合う。

「月影。……再び、あなたを呼ぶことになったわ

 まあ前回は私の敬愛する兄がしたけど」


 月影の眉が、ほんのわずかだけ動いた。

「前回は──

 村田孝好と軽部トシ子の“不適切接触疑惑”についてでしたね」

 一切の皮肉がない声。


 紗江は淡々と返す。

「そう。そして今回も村田よ」





 【村田ロス集会の報告書】


 紗江は分厚いファイルを月影に突き出した。

「読んで」


 月影はすぐに読み始めた。


 ページをめくる音だけが、

 会議室に規則正しく鳴る。


 ――〈子どもから“むらたのおにいちゃん”を求める声〉

 ――〈精神状態の悪化〉

 ――〈家の安全管理の破綻〉

 ――〈性生活の不満爆発〉

 ――〈家事崩壊〉

 ――〈軽部トシ子の“専属雇用案”〉


 読むほどに、月影の呼吸が浅くなっていく。


 一頁、また一頁──

 表情は変わらない。


 だが“わずかな首の緊張”を、紗江は見逃さなかった。





 紗江からは、

「月影、あなたは甘かった」


 読み終えた月影を

 彼女は静かに見つめながら、

「……で、どう思う?」


 月影は答えた。

「現場の感情依存が、予想以上に深刻です」


 紗江は頷く。


「村田が“不可欠な要素”として

 顧客の生活リズムの中に埋め込まれています」


 紗江は目を細め、

「あなた、こうなるの分かってたでしょう?」


 しばらくの間

 沈黙。


 月影は視線を落とした。

 それは“肯定”だった。





 紗江は言い放つ。

「あなたは村田を

 “ただの人間スタッフ”として扱った」


 月影は紗江から目線を外す。


「でも現場は違った

 村田……あの子は、無自覚な『感情福祉インフラ』になっていたのよ」


 月影は息をゴクリと飲んだ。


 紗江はさらに詰める。

「あなたが軽部トシ子の抗議を

 “単発のヒステリー”だと判断したのが間違い」


「彼女は港区層の“まとめ役”。

 事実上のゲートキーパー」


「その彼女が村田を守ると言った

 これは“企業圧力”に匹敵するわ」


 月影の喉が小さく動く。

 それはとても珍しい反応だった。





 紗江、核心を突く勢いで月影に詰め寄り、

「月影」


 彼女は椅子から身を乗り出し、

「あなた、村田にどこまで“肩入れ”してるの?」


 月影の目に、微弱な揺らぎが見えたが、

 怯むことなく、

「決して肩入れではありません

 彼は“自律性の高いスタッフ”です

 人道に則った正しい判断を──」


「それが問題なのよ」

 紗江はあえて低い声で遮る。


「あなたが村田を

 “現場判断で動ける貴重な戦力”として

 評価しているのは知ってる

 でもね、月影

 現場判断ができる人間は

 本社の管理にとって“脅威”になるの」


 月影の視線が大きく揺れた。

 それは、図星。




 これまで実兄・浩一が腹に据えかねていたことに対し、

 実妹かつ側近でもあった紗江は、粛々と命令を下す。


「これ以上、村田の現場裁量を放置しないこと

 加えて、彼の動きを

 今後すべてあなたが直接モニタリングしなさい」


 月影はわずかに目を見開いた。

「……直接、ですか」


「そう。あなたがやる」


 紗江は続けて、

「村田を“無自覚なインフラ”として

 顧客が祭り上げている状況は極めて危険

 会社にとっても

 あなたにとってもね」


 その一言に

 月影は静かに背筋を伸ばし、

「承知しました」





 月影は会議室を出ようとした。

 その背中に、佐伯が声をかける。

「月影」


 月影が振り返る。


 佐伯の目は鋭かった。

「あなた、村田に“情”があるわね?」


 空気が瞬く間に凍りつき、

 月影は口を閉ざした。


 佐伯は微笑むでもなく、

「その情、

 本社が利用する前に、

 あなた自身が処理しておきなさい」

 と、静かに告げた。


 月影は深く一礼して去った。





 廊下に出た瞬間、

 月影はふっと短く息を吐いた。

(……佐伯の妹“イヤミ”部長。何をどこまで見ているんだ)


 そして歩き出しながら思う。

(村田……

 お前は本当に、“管理不能”になり始めている)



 月影の影は長く伸びた。


 それは

 村田への“監視強化”の始まり

 そして

 月影自身の心の乱れ

 その両方の象徴だった。

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