表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第5部 ヒトらしく生きるって?
121/132

軽部トシ子、ついに村田へ発破をかける

 マルトクテックカンパニー・港区専用サロン。


 重い扉。

 白磁の床。

 静まり返った廊下。





 村田孝好は

 ドアをノックする前に、一度だけ深呼吸した。

「……はい、村田です」


 声の調子は普段通り。

 だが内心では、

(やっべぇ……軽部さん、ガチの“呼び出し”モードじゃん)

 と、うっすら覚悟していた。





 扉が開く。

 部屋の奥には──


 軽部トシ子。


 黒いワンピース。

 鋭い視線。

 背は高い。


 髪は美しく整えられ、

 姿勢には“上位層の余裕と威圧”を漂わせている。





「……来たのね、タカ君」

 その声は低く、抑制された怒気を含んでいた。


 村田は頭を下げる。

「お久しぶりです、軽部さん」





 軽部は、テーブル越しに紅茶を置きながら言った。

「どうして黙って消えたの?」


 その瞬間、空気がひりつく。


 契約者という立場でありながら

 “上司”のような圧力。





 村田は答えようとしたが──


 軽部は先に、ゆっくりと言葉を置いた。

「あなたがいないせいで、

 何人の生活リズムが崩れたと思ってるの?」


 村田は身を固くした。





「冷蔵庫の中身、ゴミになった人」

「子どもの寝かしつけが乱れた人」

「精神薬の量が増えた人」

「一週間誰とも話せず泣いた人」

「仕事の期日を落とした人」


 彼女の声は、怒りよりも

 “失望”に近かった。





 村田は深く頭を下げた。

「すみませんでした」





 軽部は、テーブルを軽く叩いた。

「謝罪はいいの。聞きたいのは理由よ」


 沈黙。


 村田は目線を上げられない。





 軽部は続ける。

「あなたが好きで頼んだのよ?

 家族にも相談できないことを

 あなたには言えた」


 村田の喉が動く。





「タカ君」

 軽部の声が少し柔らかくなる。


「……あなた、自分がどれだけ“必要とされてるか”、まだわかってないの?」





 村田は息を飲む。


 その言葉は、

 彼の弱点を真っ直ぐ突いてきた。


 “必要とされること”

 それだけが、彼の空白を満たす唯一の方法だった。





 村田は、ゆっくり答えた。

「……軽部さん

 俺、全部ひとりで背負ってるつもりはないんですけど……」


「でも、本社が言ってくることと、

 皆さんが望むことと、

 俺が守りたいものが──

 最近ずっと、ズレてて」


 軽部は目を細めた。

「つまり、本社のせい?」


 村田は即座に首を振る。

「違います

 ただ……」

 一瞬、言葉を探す。


「俺は、皆の“安定”のためにいたつもりでした

 だけど、

 本社の言う“安定”と

 皆が求める“安定”は

 多分……同じじゃない」


 軽部の表情が変わった。

 怒りが消え、

 代わりに、深い静けさが訪れた。





「……そう」

 軽部は椅子を引き、立ち上がった。

「なら教えてちょうだい」


 村田が顔を上げる。


「あなたが守りたい“安定”って、何?」





 村田はゆっくり言った。

「“誰かが、自分を手放さなくてよくなること”です」


「本社の数字じゃなくて

 利用者さんの生活が、

 ちゃんと“続いていく”ってことです」





 軽部は目を伏せた。

 そして、小さく笑う。

「……やっぱりあなた、危険ね」


 村田は一瞬固まる。





 軽部は首を傾げながら話す。

「だって本社よりも、

 契約者のほうを向いてるんだもの

 そんなサービス提供者──

 本当に危険よ」





 だがその声は、どこか誇らしげだった。





 軽部は紅茶を飲み干し、言った。

「タカ君。私はあなたを庇うわ」


 村田が目を見開く。


「本社が何言おうとね。

 こういう“必要とされ方”を、わかってないのよ」





 彼女はバッグを取り、

「覚悟しておきなさい。

 あなた、きっと近いうちに“呼び出される”わよ」


 村田は静かにうなずいた。

「ありがとうございます」


 軽部は微笑む。

「いいのよ。だってあなた──」


 一歩近づく。

 紅い口紅が、微かに光る。


「うちの旦那より役に立つんだから」





 そして軽部は出ていった。


 残された村田は、ふぅ、と椅子に腰を落とした。

「……はぁ。マジで怒られるやつじゃん」


 彼は天井を見上げた。


「軽部さんの言う通りだよなぁ……」

 そして、小さく呟く。

「……俺、本社より“人”のほう見てるわ」





 その瞬間──


 廊下の影から、

 月影真佐男がこちらを見ていた。


 無言。


 顔はいつもの無表情。

 しかしその目は、

 村田を“会社の危険因子”として測る冷たさを帯びていた。





 この瞬間が、

 佐伯の呼び出しへとつながる

 第一の連鎖となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ