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異世界転生農家  作者: 今無ヅイ
農家漂着編
5/46

北の畑、眠る土

翌朝、まだ霧が残るうちに村長と二人、村外れの北の畑へ向かった。

丘を越えた先、谷あいに広がるその土地は、見るからに重たかった。

足を踏み入れると、ぬかるみが靴底に絡みつく。風は冷たく、空は灰色。


「ここが、もう十年ほど不作でな……」


村長が指さした先では、去年の麦の根がまだ残っていた。

掘り返しても、すぐに水がにじみ出てくる。


ツチダはしゃがみこみ、指先で土をすくった。

粘り気が強い。乾くと硬くなるタイプだ。

鼻を近づけると、わずかに酸味のある匂い――いや、これはアルカリ寄りか。


「……pHが高いな。たぶん八・五くらいはあります」

「ぴーえいち?」


村長が眉をひそめる。


「土の“性格”みたいなもんです。

酸っぱすぎても駄目だし、しょっぱすぎても駄目。

この土地は、ちょっとしょっぱすぎますね」


さらに手のひらで揉みしだくと、色が薄い。腐植が足りない。

目には見えないが、光の粒――昨日見たあの淡い色――がほとんど感じられなかった。


「窒素とリン酸が抜けてます。麦ばかりを作り続けたせいで、土が息切れしてる」


村長が困ったように頭を掻いた。


「どうすればよい?」

「まずは水を逃がしましょう。この土地、水の通り道――溝も明渠もないでしょう」

「明きょ……?」

「水の逃げ道です。こうやって、少し掘ってやる」


ツチダは棒で地面に線を描いた。


「雨が多い時期に水が溜まると、根が呼吸できません。簡単でいい。溝を作って、下に抜くんです。

それと――もっと深く掘る“暗渠”も、いつか作りたいですね」


村長は感心したように頷いた。


「なるほど……だが、人手と時間が要るな」


「少しずつでいいですよ。それから、麦を休ませて、次は豆を植えてください。豆の根には“見えない小さな生き物”がいて、土を肥やしてくれます」

「豆で土が肥える?」

「そう。土を育てるんです」


風が吹き、湿った畑の表面がわずかに波打った。

その中に、黒い影が動く。


「害虫も多いですね。麦の根を食う虫……このままじゃ、また枯れます」


ツチダは考え込んだ。農薬の概念はないようだ。だが、やれることはある。


「木灰を少し撒いてみましょう。乾かしながら、虫を減らす。それに、灰は土を柔らかくしてくれます」


村長は腕を組み、黙って話を聞いていた。


「……おぬし、本当に不思議な男じゃのう。この土地の神官よりも、土に詳しい」


ツチダは笑って首を振る。

「神様は知らないけど、土のことなら、少しだけ」


灰色の雲の切れ間から、陽が差し込んだ。

その光の中で、ツチダには確かに見えた。

土の奥に、緑の光が、ほんのわずかに芽吹いたように見えた。

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― 新着の感想 ―
たった5話だけど、農業についてろくに何も知らない自分にとっては、たとえ嘘知識であってもしっかりと納得させてくれる理論が語られてるの好印象。どう話が展開していくか楽しみ
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