不可思議な土
目を覚ましてから三日が経った。
どうやら、ここは「レイト村」という農村らしい。人口は三百人ほど。見渡す限りの畑に、黄金色の小麦が揺れている。
この世界では「アーネンエルベ帝国」という国の東端に位置する村だと、村長さんが教えてくれた。
ありがたいことに、この世界の言葉はなぜか理解できる。
“海外から旅をしている途中、事故に遭い、記憶を失った”――そう説明したら、みんな妙に納得してくれた。
村長さんなんて、「命があるだけで幸運だ」と笑って、食事と寝床まで世話してくれている。
見ず知らずの人間にここまで親切にできるのは、きっと良い土地柄なんだろう。
食事は麦粥と干し肉、それに野菜の煮込み。素朴だが滋味がある。
味噌も醤油もないが、どこか懐かしい匂いがした。
……いや、そう感じるのは、俺が農家だからかもしれない。
村人たちは朝早くから畑に出る。
子どもも、女も、老人も。みんなが働いていた。
空気が乾いていて、風は少し冷たい。標高が高いのだろうか。
けれど、どうにも気になることがある。
この畑――見たところ、土が痩せている。
踏みしめた足の感触が軽い。保水力がなく、表層が固い。
連作障害のような、そんな嫌な予感がする。
表面だけ見ても、麦の根が浅い。麦穂の背丈はまばらで、色も悪い。
……それだけじゃない。
俺の目には、土の中の“何か”が見えていた。
地表をなでるようにして広がる、淡い光の筋。
緑や青、時に赤みを帯びた粒子のようなものが、土の層に絡みついている。
「栄養……?いや、これは……」
思わず目をこする。
だが、消えない。まるで地中の情報が、そのまま色になって浮かび上がっているみたいだ。
ここは酸性寄りだ。リンが少ない。
何より――微生物の“気配”が薄い。命が眠っている土だ。
そんなはずはない。
俺は専門家でもなければ、魔法使いでもない。
だが、わかる。見える。
「……なんで、土壌の栄養状態が“見える”んだ?」
目を閉じて、深く息を吸う。
土の匂い、風の流れ、陽の光――どれも現実だ。
なのに、視界の奥ではいまだに光が揺らめいている。
まるで、土そのものが俺に語りかけているように。




