たらい回し
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
部長から、心当たりについて問い質されたが、まったくわからない、と返した。
「相手の石田さんも、川島本人と直接話がしたい、と言ってきているんだがな。」
「と言われましても…。」
多分、絵島があちこちに広めた所為だろうが、この場で、心当たりの根拠を伝えても、ふざけた話、としか取られないだろう。他に、部長を納得させられるような話は、思いつかない。思いつかないのであれば、知らぬ存ぜぬで、黙秘権を行使するしかない。
「詐欺とかじゃないんですか?断りましょう。」
とにかく、はじめない。
はじまりそうなものは、基本的に、はじめない。そう決めている。
それにしても、絵島め。
絵島に対し、歯がゆさを募らせていると、部長が困った顔をして、
「そうもいかんのだ。」
「なぜです?」
たらい回しで、電話は、営業部から建築部に回ってきた。
建築部で、最初に電話を受けたのは、事務のおねえさんだった。いくつか受け答えをして、おねえさんは困ってしまった。その時、部内では離席や不在が多く、渡せる先が部長しかいなかった為、部長に渡そうとして、
「あの、部長…。」
「何?」
声を掛けたが、大量の書類を処理中だった部長は、少し、難色を示した。
「部長ー。持ってきましたよー!」
丁度そこへ、金井が、頼まれた書類を持ってやってきた。
「おお、待ってたぞ、金井。すまんが、ちょっと対応してくれ。」
と、事務のおねえさんをあごで差した。
「へい。」
書類を部長の机に置いて、受話器を受け取る。
「お電話代わりました。私、五輪建設の金井と申します。ええ。はい。はい。申し訳ありません。川島は、お休みをいただいていまして。はい。はい。そうですか。少々お待ちください。」
保留音のメロディーが、薄っすら部内に流れる。
「部長。石田さんて方が、うちに工事を頼みたいと。それも、川島をご指名で。」
「どんな仕事だ?」
脇目も振らず、書類を処理しながら、部長は金井に尋ねた。
「それが、内容については、川島と直接、話をしてからだと。」
一瞬、間をおいて、
「なんだそれは。どうして川島なんだ。ちゃんと話を聞かないとわからんぞ。もう少し突っ込んで聞いてみろ。」
「へい。」
保留を切り、
「お待たせいたしました。ええ。先ほどお伝えしました通り、川島は休みをいただいておりまして、他の者では…ええ、はい。はい。しかし、ええ、はい。少々お待ちください。」
保留。
「部長。」
「なんだ?」
部長の語気が強まる。
「どうしても、川島でなければ話せないと。川島は、いつ出社するのかと。」
ここでようやく、部長は、手を止めた。
「仕事を請ける請けないは、川島の領分じゃないぞ。」
少し、考えて、
「角が立たんように、断ってくれ。」
「わかりました。」
保留を切る。
「お待たせいたしました。申し訳ございせんが、今回のそのお話は…え?…あ、はい。はい、はい。えっ!?」
金井が、姿勢を正した。
「そうですか。はい、はい。少々お待ちください。」
部長は、異変を感じた。
「部長!石田本部長の、ご親戚の方です!」
「代われ!」
はじめは、そういうコネをチラつかせるつもりはなかった、と石田さんは仰った。石田さんも、まともな社会人だから、自分の依頼の条件が、一筋縄ではいかない、というのを重々承知の上で、なんとか取り次いでもらおうとしていた。しかし、断られそうな空気を敏感に察知し、石田さんとしても、どうしても川島に仕事を依頼したいという、強い想いがあった。そこで、できれば使いたくなかったが、親戚の名前を出したのだという。
「川島。本当に、何も知らんのか?」
「知らないですね。」
川島は、即答したものの、これはもしかしたら、逃げられない奴かも知れない、と苦虫を嚙み潰した。




