命名
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
建設会社を作ろう、と言い出したのは、当時、親会社の専務だった、宮澤という男だ。
書類などで、難しい方の澤を使わずに、沢で作成したのがバレると、すこぶる機嫌が悪くなる男だ。
親会社の専務ともなれば、横のつながりが、広くて強い。ある会食で、大企業の社長から、グループ内で建設会社を作って、そこに発注すれば、お金がグループ内で回って、いいんじゃないか。どこそこも、そうしている、などと言われて、その気になった。
大体、酒の席で、酔っ払いがその気になったアイディアなんかで、名案と呼ばれるものは、少ない。
一晩寝て、起きて、冷静に考えれば、穴があったり、ろくでもなかったりするものだ。
怒りもそうだ。瞬間、怒りが頂点に達する。しかしそこは、ぐっと堪えて、一晩寝かせる。眠る。一晩寝て、起きると、その怒りは冷めていて、それほどでもなかったりする。ただ、翌朝、目が覚めても冷めていない怒りは、本物だ。
専務は、朝起きて、朝食の鮭を突きながら、昨夜、あいつが言っていた、建設会社の話、いいな、と思っていた。
そして、発足に向けて、動き始めた。
現実味を帯びてくると、社名をどうする、という話になった。
専務は、いずれ自分が、その会社の社長として、天下るつもりだ。となると、親会社の社名は、使いたくない。それは、プライドが許さない。親会社と混同されたりするのも癪だし、親会社の名前を使うのは、正面切って、わたくしは子会社でござい、と言っているようなものだから、かっこうが悪い。
専務も、吉岡さんと同じで、子会社を、一段下に見ていた。自分が一段下に見るのだから、他人も一段下に見るはずだ、という理屈になる。一段下には、見られたくない。
いずれ、グループ外からも工事を受注し、グループを頼らずに、独立していく、という建前を用いて、親会社の名前を使わない、という方針を固めた。
会社設立に向けて、尽力していた幹部のひとりが、
「それなら、ディスティネーションという言葉を社名に使いたい。」
と言い出した。かなり、粘ったらしいが、専務が却下した。
「では、パーパスを…。」
却下。
この点に関しては、当時の専務に感謝している。
川島にとって、聞きなれない横文字は、何だか苦手なのだ。
では、何という社名になったかというと、これもまた、自分がいずれ、社長として君臨する会社、という前提があったから、専務が独断で決めた。
宮本武蔵の五輪の書を愛読していたから、社名は、五輪建設。
グループは、後株が多かったから、逆張りで、前株とした。これも、専務の意見。
だから、株式会社五輪建設として、創立した。
川島は、社名の由来を聞いて、そっちの五輪だったのか!と悔しい思いをした。そう、宮本武蔵は、あまり好きではない。ただ、横文字よりはましだ、と自分を納得させている。
五輪は、オリンピックのことか(オリンピックの五輪も五輪の書が由来らしいが)五輪さん、という名字の人が、社長をやっているのかな、と思っていた。
なんせ、親会社は有名だが、親会社の名残が社名になかったから、子会社とは気づかなかった。加えて、就職氷河期世代だったから、社名に四の五の言っていられないし、担任のすすめるまま、他にどうせないからと、よく求人票を読みもせず、下調べもせず、地元の会社、という情報のみで、五輪建設に飛び込んだ。
入ってみると、有名なグループ会社の、子会社のひとつだった。
「いいところに就職したけど、何だか会社に悪いね。成績は、下から数えた方が早いのに。」
母親は、会社の心配をした。
先輩社員が、花見の席で、新入社員の川島に、言い聞かせた話がある。




