秘伝の書
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
奈良県に、柳生の里がある。
「奈良の大仏って、どんくらいでけぇのかな。」
忘年会終わりの、四次会だったか五次会だったか。何をきっかけにその話題になったかなんて、誰も覚えてなどいない。とにかく、酔った勢いで、来年の初詣は、東大寺だ、ということになった。
酔いが醒めて、辞退を申し出る者多数あれど、強者が残った。吐いた唾をのんでたまるか、という、そのろくでもない連中には、川島もいた。全員、ひとり者だった。
たいして親しい付き合いをしていたわけではなかったが、勢いに乗じて東大寺に初詣に行くようなばかばかりだから、意外に気が合った。
せっかく、奈良に行くんだ。東大寺以外も、何かないか、となった。
「柳生の里に行こう。」
川島が提案した。反対もなく、柳生の里に行くことになった。
年末の柳生の里は、人の気配がなかった。
十兵衛杉と一刀石をみてから、一行は、旧柳生藩家老屋敷にたどり着いた。そこで、柳生但馬守宗矩とその妻、お藤の顔出しパネルに、顔を嵌めて記念撮影をした。
フィクションでは、郷里の尾張柳生と江戸柳生は、反目し合っている描写が多い。しかし、このパネルは宗矩、江戸柳生の大ボスだ。実際は、仲がいいんだな、と川島はひとり笑みをこぼした。
そして、またふらふらと、あちこちを巡った。
一行は、現存する、柳生家に連なるお屋敷を利用した博物館に入った。まったく人の気配がなかった。受付にも人がいない。入ってもいいのかどうか分からないが、開いているんだ。受付の灯りが点いているのに、受付に人がいない。いる様子がない。でも、開いているんだ。門が開いている、扉が開いている。開けっ放しなのだ。昼休みでもない。とにかく、本当に、誰もいない。人の気配がまったくない。声を掛けても、反応がない。しばらく待っても、誰も来ない。
しかし、せっかくここまで来たのだからと、受付に掲示されている入場料を人数分、受付の皿に置いて、一行は屋敷に入った。
少し見て回ったが、人の気配のなさに、なにやら独特な畏れを抱いて、誰ともなく、出ようと言い出し、全員がそれに賛同した。
本当は、誰かが居て、俺たちには見えないだけなのではないか、そう思わせるだけの異質な空気。子どもの頃に経験した、遠足の日、体操着にリュックサックといういでたちで、集合場所へ向かうまでの間、もしかしたら自分だけが、今日、遠足と思い込んでいるのではないだろうか、というあの独特の不安。学校から帰って、冷蔵庫を開けて牛乳を飲んでいると、本当は、ここは他人の家で、自分は、自分の家だと思い込んでいて、勝手に上がり込んで、勝手に牛乳を飲んでいるのではないか、周りにはそれを止めようとしている人たちがいて、それが自分には見えないだけなのでないか、というあの妙な不安感。
自分たちがどこかで、この世からズレてしまったのではないだろうか、という異世界迷い込み派と、いや、受付に人が居なかったんだから、やっぱり勝手に入っちゃダメだったんじゃないか、という冷静沈着派。もういい大人たちの集まりだ。大人としては、後者の意見にまとまった。この妙な不安感は、入場料を置いたとはいえ、断りもなく武家屋敷に勝手に入っている、という後ろめたさが大きいに違いない。
「出よう出よう。」
「勝手に入ってすみませーん!出まーす!」
大きな声を掛けて謝りながら、順路を辿って、出口から出ようとした時、川島は、額縁に収められた古文書のようなものを見つけた。
剣術書だ。図説の剣術書だ。
当時なら、秘匿中の秘匿であろう。柳生の秘奥、秘伝。
中華圏の武侠ものなら、この巻物を巡って、多くの血が流れる。物語が生まれる。
それが現代では、額に入れて飾られている。どうぞご覧くださいとばかりに。
時間が経つ、というのは、途方もないことなのだ。
四十年。
研鑽を積むには、十分すぎる時間だ。例え、独学であったとしても。
暗黒騎士の戦い方は、非常に、アニメ的というかマンガ的と言うか、特撮的だった。好きこそものの上手なれ、ということなのかも知れない。自分が、兄の立場だったなら、時代劇的であったり、香港功夫的な戦い方だったろう。
サイモンでよかった。ハリスだったら、直ぐに終わっていたかも知れない。
あの秘伝書は、カメラに収めてある。画像を印刷して、サイモンに渡して、これでしばらく修業しなさい、という時間があればな、と思いながら、剣戟を見物している。
焦りはない。
思ったより、兄が使い手だっただけだ。




