足るを知る者は富む
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
川島の父は、四人兄弟の次男だ。兄弟全員、名前のあたまに、義がついている。長男が義博、次男が義孝、三男は義忠、四男は善志。兄弟は、それぞれ家庭を持ってから、交流が少なくなったが、仲はいい。
三男については、放蕩が過ぎて、独身を貫いていたから、あちこちの家に顔を出していた。ほかの伯父叔父の顔は、よく覚えていないが(兄弟そろって顔が似ているので見ればすぐにわかるが)、義忠の顔は、少なくとも年に一度は見るので、各ご家庭の子供たちの覚えめでたい。
なんせ、独身貴族であるから、自由にできるお金が多い。酔うと気前がよくなって、
「小遣いをやろう。」
と、万札を渡してくる。さらに酔わすと前後不覚に陥り、エンドレスで小遣いを渡してくるから、勇次郎とその妹は、せっせとお酌をした。調子に乗って、度が過ぎたあたりで、母親に見つかって大目玉をくらい、全額返金となった。
何事も、ほどほどにしておかなければならない。
川島は、勉強が好きな男ではない。大学は、勉強のできるエリートがいく最高学府だと思っていたので、落ちこぼれはお呼びじゃないのだから、さっさと就職した。しかし、就職してから、気づく。募集要項で求められる大卒という資格は、一流大学を出ても三流大学を出ても、同じだ。どちらも変わらず、大卒なのだ。
しかしまあ、派閥争いやら学閥争いを傍から見ていると、あれにのみ込まれなくてよかった、とも思う。背伸びをすれば、バランスが取りにくい。分相応でいい。そもそも、お勉強が苦手だ。
だから、工業高校では、よく赤点を取っていた。追試の常連だった。追試からの脱落を、免れる程度の成績で、踏ん張っていた。
追試の常連仲間に、竹脇と言う男が居た。この竹脇は、あの竹脇とは違う竹脇である。念の為。
川島は、心底、この男は本当にばかだな、と思ったことがある。
例によって、追試を受ける羽目になり、それが土曜日だった。
川島の頃は、まだ土曜日が完全に休みになっていなかったので、土曜は半ドンだった。半ドンのドンは、オランダ語が訛ったものらしい。オランダ語由来やポルトガル語由来は、意外と多い。歴史を感じる。
半ドンが、隔週だったか全部がそうだったか、それはもう忘却の彼方なほど、昔の話で覚えていない。とにかく、土曜の授業終わり、昼飯後に集合ということになった。土曜日は、学食が開いていない。近くの商店で、パンだけ買って食った。昼飯は、すぐに終わった。他にすることがないからか、追試を受ける教室に、誰となく、追試仲間たちが、早々に揃った。先生は、まだ着ていない。
「おい!見てみろよ。」
竹脇が、教壇に置いてある、追試のテスト用紙を目ざとく見つけた。そして、よせばいいのに、手に取って確認した。
「答えがある!」
解答も見つけた。
こうなると、追試を受けるような悪ガキどもの考えることは、ひとつだ。
竹脇は、必死で丸暗記していた。その必死さに、川島は、いやな予感がした。
予感は、的中する。
「でーきた!」
追試開始早々、5分も経たず、竹脇が解答用紙を先生に渡しにいった。
「早いな。ちゃんとやったのか?」
先生が採点する横で、早く帰りたいのか、そわそわしながら、もー帰っていいか?と何度も聞いている。
「ん?」
先生の表情が、険しくなった。
ああ、竹脇はばかだ。
追試を受けるような生徒が、その追試で素早く回答して、満点なわけがない。
こういう場合は、リアリティが大事だ。答えがわかっていても、適度に時間をかけて、落第を免れる程度の正解率で解答しなければならない。俺たちは、勉強ができないのだから。
竹脇の所為で、追試は中止となり、追試の追試が行われることになった。
度が過ぎてはいけない。何事も、ほどほどにしておかなければならない。
節度を守っていれば、そこそこの臨時収入があった。兄妹は、欲をかいて、全てを失った。それからは、母親が目を光らせるようになり、同じチャンスは、もう巡ってこなかった。
そんな気前のいい叔父に、前回の幽鬼王を、どうにかしてもらったのだと、老人は言った。




