公衆浴場にて
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
でかい。
ここいらの連中のは、自分たち(日本人平均)のより、一回りでかい。
川島は、自身について、自慢できるほどではないが、日本人として、平均であると思っている。童貞の頃は、大きさを気にして、メジャーやノギスでサイズを測ったりしていたが、童貞を捨ててからは、サイズに拘らないようになった。童貞を捨てるということは、そういうことだ。つまり、斎藤先生の言うところの、斬れることを知れば、斬りたいとは思わなくなる、というやつだ。
それに、平常時のサイズは、あてにならない。大事なのは、いざという時にどうなのか、ということだ。それでも、ここから膨張するとなると、自分のよりは大きくなるだろうな、という予想はできる。
川島は、他人のいざという時を、生で見たことがない。映像化作品の男優のものを、モザイク越しに見たことはあるが、それは実際に見たわけではないから、サイズは、はっきりわからない。
こうして、公衆浴場でぶら下がっているものは、よく見る。しかし、いざという時を、見る機会などない。
いや、1度だけあったが、それは今、語る話ではない。
今、川島が思い出しているのは、定年でやめた中山さんの持ちネタのひとつ、『銭湯にやってきた男』だ。
中山さんや、同じく定年でやめた山根さんは、共に温泉好きで、川島とよく温泉の情報交換をしていた。花見や暑気払いや忘年会で、中山さんはよく、温泉や銭湯の話題が上がると、一緒に風呂に入ると、山根さんのは立派だから、こっちがみじめになる、と言ってから、しかし世の中、上には上がいるもので、と落語の枕のように、銭湯で出会った男の話を始める。
今はもう焼肉屋になってしまっているが、営業所の近くに、銭湯があった。川ちゃんよ、あそこは温泉を名乗っているが、温泉なんかじゃない、湯を沸かしただけだからな、と確かめたわけでもないのにそう嘯いて、それでも会社に近いから、よく行くんだ、と言う。
ある日、湯船に漬かっていると、こそこそと入ってくる奴がいた。こんなところで隠してどうするんだ、と見ていると、洗い場の隅っこに座った。
「んあ?」
ものが床についている。
椅子に座った状態で、ものが、タイルについている。
こいつはたまげた、と中山は目を見張った。
あまりにも大きすぎて、逆に恥ずかしいから、あんなにおどおどしていたのか。あんなに大きいのに、肝っ玉が小さい奴だ。
男は、小さく、周りを気にしながら、身体を洗っている。
中山に、いたずら心が芽生えた。
その銭湯は、お湯の温度が高めに設定されている。かけ流しで、蛇口がらドバドバ出てくるお湯は、熱い。熱いのが好きな奴は、その蛇口の近くへ。熱いのが苦手な奴は、蛇口から離れる。
中山は、熱いのが好きだから、蛇口の近くにいた。
そっと、掛け湯用の桶に、熱いお湯をためて、
「それ!」
一気に床に流した。波は、洗い場に押し寄せて、
「熱ッァ!!!」
男が飛び上がった。
その話は、酒の席では鉄板で、オチが分かっていても、みんな大笑いする。
川島は、湯船の中から、ひと際大きな一物を持っている男が、湯涼みに、ひな壇の一番下のベンチに腰かけているのを見て、中山さんの言った男と同じだ、先っちょが床についている、と感心しながら見ていた。
となると、することはひとつだ。
どうにかこうにか、工夫をして、熱い湯を床に流した。
「熱ッァ!!!」
ハリスが飛び上がった。
船に乗らなかったのは、これでチャラにしてやろう。川島は、深く、肩まで湯に浸かった。




