ばばんばばんばんばん
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
「あー!」
川島の突然の大声に、係留し損ねたハンスが、海に落ちかけた。どうした、どうした、と川島の周りに人が集まったが、何でもないの一点張りだった。
一晩までならいいか、と思っていたが、二晩三晩となると、少し考え物だ。川島の眉間の皺は、深く刻まれている。
きれい好きというほどではないが、川島は、風呂好きだ。
くたくたになって、深夜に帰宅しても、シャワーだけは浴びる。風呂に入らずに寝ようとしたこともあったが、結局、気になって寝られずに、シャワーを浴びる。
下着が、少し重くなっている。下着も変えたい。なんなら靴下もだ。ジャージは、大丈夫か。
臭いはこいつらの方がキツいから、風呂に入る入らないは、自分の気持ちの問題だが、気になるとどうにもならない。
「風呂に入りたいんだが。」
ダメ元で聞いてみた。すると、公衆浴場を案内された。川島は、自省した。どうせないだろう、という思い込みがあった。聞いてみるもんだ。下着は、ちょこっと水で洗って、絞ってから、どこかに干しておけばいいか。風呂だ風呂。
どうせこっちでは、使い物にならないだろうからと、貴重品は預けてきた。しかし、思い込みはよくない。万が一、電波が届いたら、電話が通じたのかもしれない。しまったなあ、と頭をかいた。
いつものお風呂セットはないが、汗を流せるだけ、よしとしよう。川島は、ウキウキで公衆浴場に向かった。
さてここは、古代ローマのテルマエのような、と言ったらよいのか。テルマエも、漫画や映画でちらっと知った程度だから、よくわかっていない。だから、そんなことは置いておく。ただ、ここの公衆浴場の流儀を間違えないように、あたりの様子を観察して、先客に倣って、お風呂に入った。
公衆浴場のローカルルールは、面倒だ。ちょっと間違うだけで、後ろ指を差される。川島も、温泉や銭湯にはよく行くので、そのあたりのマナーを守ろうという気持ちは、強い。
しかし、よくわからないしきたりもある。若い頃、歴史のある温泉へ行く際に、その温泉に詳しいと自称する宮田から、教えてもらったことがある。
その温泉は、朝の6時から開いている。平日に限り、朝一番、男湯の洗い場では、どこに誰が座って洗うかが、決まっているという。常連の指定席だ。基本は自由席だ。しかし。常連が決まったところで体を洗う。
宮田は、地元だからこそ、逆にその温泉に行ったことはなかったが、ある日、夜勤明けに、一度行ってみようと思い立ち、その温泉に行ったことがある。
朝一番に、入って直ぐの洗い場に腰掛けたら、おにいさん、と肩を叩かれ、そこは、誰それのところだから、あっちに座りな、と他を指差したという。どこに座ろうと自由だろう、と思ったが、この辺で揉めたら誰が出てくるのか分かったものではない。藪蛇になってはいけないと、腰を低く、ここですかね?なんて言って、場所を移った。
ははあ、そんなことがあるんだな、と感心し、川島も、昔話の隣に住む意地悪じいさんではないが、宮田を真似て、夜勤明けに、その温泉に行き、宮田が座ったと思しき洗い場に座った。どの人が声を掛けてくるのだろう、とあたりを気にしながら、身体を洗っていたが、一向に話しかけられる気配がない。いつ言われるのだろう、とワクワクしながら待っていたが、とうとう話しかけられることなく、洗い終わってしまった。
宮田の証言では、年寄りばかりだったと言っていたから、もしかして自分が洗った場所を指定席にしていたおじいさんは、既にこの世にいないのかも知れない。成仏しろよ、と湯船に浸かった。
その話を宮田にすると、
「そりゃ川ちゃんよ。なぁ川ちゃんよ。川ちゃんに席を譲れって言ってくるじじいなんて、いないだろうよ。」
と笑った。
「なんだつまらないな。」
と川島は言った。
その頃の川島は、体格もそこそこでかく、現場の回しも剛の者として、バンバンやっていて、全盛期というよりは、オラオラ期だった。今でこそスリーアウトチェンジ方式を採用しているが、当時は、ワンミスワンデスを採用していた。最もギラギラしていた時期である。
その頃の川島に、同じような、似た話がもう一つある。
当時、川島の妹が付き合っていた男は、いわゆる3Bのバーテンダーで、川島もたまに行くバーの従業員だった。妹の紹介で知り合い、なんだ君か、と話しているうちに意気投合し、ちょくちょくふたりで飲みに行くこともあった。
ある夜、二人で飲んでいると、若い女の子が店に入ってきた。どうやら、妹の彼氏の知り合いで、大学の後輩らしい。
何やら落ち込んでいたので、話を聞くと、近くの駅ビルの下で、恐喝に遭ったのだという。その話を聞いた店員も、そういえば、最近、あそこで恐喝がよくあって、警察も見回っているそうですよ、と会話に入ってきた。
まあまあの酒量を飲んでいた川島は、突如、
「おれは、恐喝されたい!」
と言い出した。
すると、妹の彼氏も乗っかって、
「おれも、勇次郎君が恐喝されているところがみたい!」
よしじゃあ行こう行こう、ということになって、一旦お開きにして勘定を済ませ、後輩の女の子に詳しく場所を聞いて、駅ビルに向かうことにした。
朝晩がようやく涼しくなってきていたが、まだ夏の余熱が残っていた頃だったから、川島は、半袖半ズボンと露出の多い出で立ちで、のしのしと繁華街を歩いた。つまりは、腕っぷしがありそうな恰好で、伸し歩いたのだ。
駅ビルについて、周辺を、どこだどこだ、恐喝野郎はどこだ、と探し回ったが、当然、見つからない。いや、近づいてくるわけがない。
「なんだつまらないな。」
と川島は言った。
あの頃は若かったなあ、なんて思い出しながら、湯船でゆっくりしつつ、あちこちを見回していると、あることに気が付いた。




