名前の由来
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
父親が、座頭市を好きだった。だから候補として、市、一、新一、新太郎が上がった。母親は、姓名判断の本を買ってきて、どれもパッとしないが、新太郎なら何か一発当てそう、ということで、長男の名前は、川島新太郎に決まった。
次男が生まれた時、父親は、しくじった!と言って、母親に、詰められた。弟が生まれるのならば、兄の名前を富三郎にすればよかった、と吐露した。次男が生まれるかどうかなんて、長男が生まれたときには、わからないでしょう、と母親は呆れた。次男が富三郎では、むちゃくちゃになる。次男の名付けは、混迷を極めた。
新次郎では、あまりにも取ってつけたような名前だ。長男が新太郎だから、新次郎。安直だ。将来、名前の由来を聞かれて、お兄ちゃんのついでみたいな名前だ、自分は雑に決められた、と次男がグレてしまうのではないか。ダメだダメだ。父親は、悩んだ。
そうだ、一刀がいい!
家族会議に、一刀が提出されたが、母親が異議を唱えた。
「かけっこで、一刀なのに三等賞って、うちの子がいじめられるの、いやよ。」
義理の父親が、代案を出した。
「兄がしんたろうなら、弟はゆうじろう、でいいんじゃないか。」
それはいい、それはいい。満場一致で決まりかけたかに見えたが、父親が異を唱えた。
「ゆうじろうは、時代劇のスタアじゃない。」
一家総出の総攻撃を受けたが、父親は一歩も引かなかった。
喧々諤々の家族会議の果て、時代劇六大スタアのひとり、大河内傳次郎先生の別名義、正親町勇と室町次郎からそれぞれ拝借し、次男の名前は、川島勇次郎で手打ちとなった。
後に、その話を聞いた川島勇次郎は、何故、一刀で押し切らなかったのか、と父親を責めた。
なんせ、川島は、子連れ狼が好きな時代劇筆頭の男である。夏休みに再放送で流れていた子連れ狼に嵌り、映画もあると聞いて、地元のレンタルビデオショップを軒並み当たったが見つからず、親に無理を言って、いや時代劇好きの父親は乗り気だったが、あちこちを探したが見つからず、後年、大人になってもしぶとく探し続け、ようやく手に入れて、鑑賞した。映像化作品は、ほぼ履修済みだ。
もしかしたら、自分の名前が一刀になっていたかもしれない。そのどうしようもない悔しさといったらない。川島は、足が速かったから、子どもの頃、かけっこで3等になったことなどない。それもまた、歯がゆかった。
川島の名前は、一刀ではない。
川島の名前は、勇次郎で、兄は、新太郎といった。
その新太郎は、幼くして、海に溺れて死んでしまったわけだが、母親から聞かされる話によれば、少し変わった子どもだったらしい。




