川島のカツカレー
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
迷わずカツカレーを選んだ。
食券を手に取って、店員に声を掛けたら、注文はもう通っていますから、席でお待ちください、と窘められた。カツカレーが食べられるテンションを見透かされたようで、少し気恥しい思いをした。いつからここのフードコートの自動券売機は、買ったと同時に厨房に注文が通る仕様に変わっていたのだろう。
紙コップに水を汲んで、カツカレーが出来上がるのを待った。
ふと、目の端で何かが動いたのを捉えた…ような気がした。確認しても、何もない。年齢の所為か、飛蚊症のような症状が出始めていた。一度、眼科に行った方がいいのかもしれない、とコップの水に口をつけると、食券に記載された番号が液晶ディスプレイに表示された。
俺のカツカレーだ。
カツカレーを食券と引き換えに受け取り、席に着いた。
サービスエリアのフードコートのカレーが好きだ。カツがあればなおのこと良い。レトルトの風味がする。それもまた良い。福神漬けが真っ赤だ。福神漬けと中華料理屋のカウンターは、赤ければ赤いほど良い。
カツは、5切れあった。どのタイミングでどれから片付けていくか、それは個人の好みでしかない。
川島はまず、ウスターソースをカツとルーにかけた。
最初のひと掬いは、端のカツを乗せたまま、ライスからルーとのボーダーライン上に掬い上げる。美味い。あとは、ルー多めにライスとその都度混合しながら掬っていく。ライスが多めに残るように計算して食べ進めていく。中盤、真ん中のカツを真っ二つに両断し、片割れをライス多めで頬張る。もう片割れを残し、他のカツをルーの海に沈め、一気にかきこむ。カツ丼と違って、スパートで咽ないのが、カツカレーのいいところだ。最後に残ったライスとカツを、少ないルーを浚ったスプーンでスクープして、幕を引く。
ごちそうさまでした。
「いただきます。」と「ごちそうさまでした。」が言えるようになるまで、時間がかかった。思春期特有の恥ずかしさからか、言うのを止めていた。就職して、自分で稼いだ金でご飯を食べ始めてしばらくして、食への感謝という感覚をつかんだ。それからは、言うようになった。
トレーを片付けようとした時、誤ってスプーンを落としてしまった。
食べる途中でなくてよかった、と、しゃがみ込んでスプーンを拾おうとした瞬間、目の前に足があった。裸足の足だ。裸足の足?と束の間フリーズしていたが、そんなわけはないと起き上がった。誰もいない。
二人掛けのテーブルの向かいに裸足の誰かが座っていた…筈もなく、見間違いにしてはあまりにハッキリ見えた。グレーの塩ビシートのマーブル模様がそう見えたのなら、いよいよ眼科に行かなくてはならない。病院には縁がなかったが、いよいよ、自分にもその時がきてしまったのか、とため息を吐いた。
この時、川島は、見間違えようもないくらいハッキリ見えた足を、あまりにも現実離れしていたことで、見間違いということにした。見間違いにしたかったのではなく、見間違いにしたのだ。
道中に飲む缶コーヒーを買って、川島は愛車に乗り込んだ。荷物でバックミラーが見えにくかったから、慎重に後進して、針路を定め、発進した。
実家に帰ると、母親がカレーを作って待っていた。
「カレー食べてきたのに。」
と呟くと、烈火の如く怒られた。食べて帰ってくるならくると、連絡しろ、と。
川島は、カレーをもう一杯食べてから、風呂に入った。