船頭多くして船山に上る
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
Because it's there.
有名な台詞、「そこに山があるからだ。」の原文だ。インターネットの翻訳を利用した直訳だと、「なぜなら、そこにあるからです。」となる。it'sのitが、「なぜあなたはエベレストに登りたかったのですか?」の問いへの答えだから、世界最高峰のエベレストであることは、インタビュー記事の文脈からすれば、間違いない。それが意訳され、"山"になった。「そこにエベレストがあるからだ。」と訳したニュースもあったらしいが、「そこに山があるからだ。」の方が支持されて、広く流布することになった。
そもそも、この著名な登山家が、本当にそう答えたかどうか、という疑惑もあるらしい。しかし、真実は時折、路傍に置かれ、本流から外される。どっちでもいい。著名な登山家が言ったキャッチーな台詞、という部分が重要なのだ。有名人とキャッチーな台詞のセットだから、その言葉は輝いている。
時代劇を鑑賞中、突如激昂し、この時代に、こんなことはあるはずがない、嘘だ、というオッサンがいる。嘘だよ。そりゃそうだ。フィクションなのだから。時代劇は、エンターテイメントであり、史実の研究ではない。時代考証を真面目に取り組むという姿勢は、大事かもしれないが、製作側がその時代劇のリアリティ・ラインをどこに設定するかに左右されるものであり、そこが核ではない。
いやいや、川島は、そんなことをぼんやりと考えている場合ではない。
現在、急務とされるのは、なぜ、山を登っているのか、という疑問の回答を早急に求めることだ。
移動手段は、馬か歩きだ、と言われた。
馬がいるなら、馬車はないのか、と訊くと、荷馬車はあるが、客車としての馬車は、都あたりにしかない、という。整備されていない田舎道で、あんな乗り心地の悪いものに乗る物好きはいない、のだそうだ。なるほど、サスペンションがないから、車輪からダイレクトに、ケツが衝撃を受けるわけか。それはいかん。
川島は、かつて、アメリカンタイプのバイクに乗っていたことがある。譲ってくれた前のオーナーが、足つきをよくする為に、あんこ抜きをしていた。あんこ抜きとは、簡単に言えば、シートのクッション材であるウレタンを抜くことだ。アメリカンで、あんこ抜きしないと足つきが悪いなんて、と思ったが、身体的特徴を揶揄するわけにはいかない相手だったので、川島は、喉元でその台詞を飲み込んだ。足つきをよくする為のカスタムは、あんこ抜きだけではなかった。サスペンションも短くしてある。
そのバイクで、小一時間も走れば、ケツが痛くなる。通勤にも使用していたから、毎日乗っているうちに、大きい方に行くたび、血便が出始めた。痔になったのだ。バイクに乗って、ケツが痛くなると、川島は、自転車の立ち漕ぎスタイルで乗るようになってしまっていた。アメリカンタイプなのに、だ。
伝手を頼って、シートにウレタンを入れたが、世界が変わるほどの改善は、なかった。
気に入っていたが、ケツには代えられないと、そのバイクを手放した。
馬は、乗ったことがない。2ケツでもよかったのだが、すぐ用意できる馬が1頭だったので、悩むまでもなく馬の線も消えた。
結果、徒歩移動となった。
歩いてどれくらいで着くのかと訊くと、うーんと唸って、日が沈むまでには、との答えだった。
なのに、今、山道だ。
時代劇でよく見る駕籠屋をここで開けば、儲かるんじゃないか、なんて呑気に考えながらついて行っているうちに、山道に差し掛かり、そのまま登り始めた。
土地勘はないし、道案内は頼るしかないから、多少のイレギュラーは受け容れようと思っていたが、看過できないところまで登っている。
我々は、海に向かっているのではなかったのか。それともここの海は、空にあるとでもいうのか。
「ちょっと、いいか?」
挙手して、全員を呼び止めた。




