ある夜、森の中
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
「使わないのなら、俺に貸してくれないか?その剣。」
「ダメですよ。」
「使わないからいいだろ。」
「使いますよ!」
一度は本物の剣を握ってみたい、という気持ちは、男なら誰にでもあるはずだ。異論など認めない。
川島は、相手が動物なら、自分だけ手ぶらというのも、なんだか心細い、と思っていたが、それ以上に、本物の剣を握ってみたい、という気持ちが強い。
「槍があるじゃないか。槍持って、灯り持って、腰の剣までは、持てないだろう。俺に貸してくれよ。」
なおも食い下がる川島を、ハリスは、ダメです、と拒んだ。
そういえば、サイモンは、槍を持ってきていない。
TRPG熱が高じて、そっちのマニアになった知人が、戦場では、剣より槍や弓矢が有利だ!という自説を熱く語っていたのを思い出す。戦場でなくとも、武器のリーチは、長い方がいい。例えば、ナイフを持った悪漢と対峙した、としよう。手に持ちたいのは、ナイフよりも長い得物、近くにあればだが、物干し竿などだろう。ナイフより射程の長いものを振り回し、近づけさせないようにする。狭い場所ならまだしも、この森は、そこまで木々が生い茂っている森じゃない。槍を振り回しにくいような広さじゃない。川島の素人考えでも、槍が有効なんじゃないかと思ったが、サイモンは、槍を持ってきていない。
サイモンの剣身を見た。
剣に、わずかな使用痕を見つけた。それはおそらく、ハンス、いやハリスの剣にはないだろう。
サイモンは、使い手かも知れない。
瀬戸内海に浮かぶ島に、社格の高い、古い古い神社がある。その神社の宝物殿には、国宝とか、文化財が多く展示されている。なかでも、刀や鎧や、そういう武具の文化財については、国の半数近くが収められているという。ある地元民からは、国の9割だぞ、と言われたが、真偽を確かめる術がない。
福利厚生の一環で、各営業所単位で、年に2度か3度、日帰りから一泊二日程度の社員研修という名目の社員旅行がある。とにかく忙しい現場にぶち込まれることが多く、そういう旅行とは縁がないとはいえ、研修の数が多いから、たまにタイミングが合うことがある。
たまたま、行けることになった社員旅行で、その神社を訪れた。順路の通りだろう、案内されるままに参拝し、宝物殿に入った。
歴史の教科書や、時代劇でしか見ないような有名な武将の弓、甲冑、刀、長刀。
中でも、川島のテンションが爆上りしたのは、弁慶の長刀、である。
有名人に会ったかのような感覚、いや錯覚か。虚構ではなく、実在していた。神話の類と違って、歴史上の人物なのだから、実在はしていたのだろうが、川島が実在を感じられる歴史上の人物は、幕末までだろう。いや、身内の口から語られる祖先の話が身近だった。末裔とされるタレントもいるから、豊臣秀吉だとか長宗我部元親だとか、いわゆる戦国時代までは、その実在性を遡ることができる。しかし、武蔵坊弁慶ともなると、川島にとっては、五条大橋の牛若丸の敵役。それはおとぎ話の世界、神話に近い存在だ。
弁慶の長刀が、剝き出しで置かれている。
よく見ると、戦いの際についたであろう小さな疵の痕が残っている。
ぞわっとした。
あ、こいつ、殺っとんな。
他の宝物庫や美術館でみた刀剣の類とは違う鈍い光。凄みがあった。川島は、剣豪小説が好きだ。その影響か、刀にも興味がある。美術館で刀剣を展示していると聞けば、時間を作って鑑賞しにゆく。それらの刀剣は、美しく、きれいに光っている。しかし、どれも飾られた美術品だ。
弁慶の長刀は、美術品ではなかった。
人を殺したことのある奴の瞳は、緑色に鈍く光る、という。誰かの、たぶん絵島あたりの受け売りだが、おそらく、そういう光を、弁慶の長刀は放っていた。緑色にはみえなかったが。
そういう、実際に使用したのだろうな、という疵が、サイモンの剣にはあった。弁慶の長刀が放っていた凄みはなかったが、存在感は、ハリスの槍の比ではない。
サイモンは、剣が得意なのだろうな、と見立てた。だとすれば、サイモンの戦うところも見てみたい。
しかしだ、いくら川島が動物に詳しくないといっても、剣でクマを仕留められるとは到底思えない。あいつらの肉は分厚い。いくらハリスが気弱だといっても、一応は本職なのだから、ハリスとサイモンの2人掛かりで、槍を持って対処すれば、クマを追い返すことができるのではないか、と思ったが、それはそれで素人考えだし、今更、槍を取りに戻るわけにもいかない。それに、もしかしたら、こちらでは、剣でクマに対応できるのかも知れない。
いや待て、なぜ自分は、クマと決めてかかっているのだ。オオカミや、キツネやタヌキかも知れないというのに。
有名な童謡に、持っていかれたのだろうか。森の中だしな、と川島は、ひとりごちた。




