かわはら
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
川島は、ひとりで飲み歩くことが多かった。
川島の経験上、田舎の飲食店で、インターネットの星の数は、あてにならない。当たっていることもあるが、外れが多い。だから、自分の直感を頼りに、一見で店に飛び込みで入ったりする。しかし、川島の直感も、インターネットと大差ない。当たったり、外れたり。ただ、自分で決めたからには、当たり外れの責任は自分にある、という部分で、納得している。
秋も深まった、ある夜。いつもの通りを外れて、違う通りの店を攻めた。
3階か、4階建ての白いビルだった。ビルに、ちいさな看板がひとつ。ぼんやりと灯りがともった白い看板に縦書きで、かわはら、の黒い文字。
「ふぅん。」
飯も食わずにバーを2軒はしごして、ほろ酔いの川島は、なんかいいな、と思って、誘われるようにビルに入った。目隠しの壁をすり抜けてからの、暖簾のかかった格子戸までの少し長いアプローチは、敷き詰められた玉砂利に、飛び石。
あ、高い店だ。
そこで怖気づくような酒量ではなかった。
ふらっと、ひとり、飛び込んだ。
「いらっしゃいませ。」
と歓迎されたものの、少し怪訝な表情の女将さん。
カウンター席は、空いている。
「ひとりですけど、いいですか?」
どうぞ、とカウンターに案内されて、ビールありますか、と早速、駆け付け1杯。
メニューが見当たらない。壁に短冊も掛かっていない。
ああ、本当に、高い店だ。
カードがあるし、と川島に不安はない。
何をどう頼んだものかと、お通しをつまみにビールを飲んでいると、女将が話しかけてきた。
女将が言うには、このビル全てがお店で、1階はカウンターとテーブル席、2階から上は座敷になっていて、最大50名様の宴会ができるとかなんとか。
へぇ、と興味なさげに聞いていると、女将は話を止めて、困ったように調理場の大将を見た。
後に、川島は、時期が時期だったから、自分が、忘年会の下見にやってきた若手社員、だと思われていたのではないか、という推論に至る。
さておき、女将のSOSを受けた大将は、改めて川島に、はっきり問うた。
「もしかして、あんた、飛び込みかい?」
そうだよ、と頷いて、ビールを一口。
大将は豪放に笑って、
「そうか、そうか、あんた飛び込みか。」
愉快そうにまた笑って、
「白子、焼いちゃろか?」
と言うので、
「もらう。」
と答えた。この白子の美味しさを超える白子に、川島はまだ出会っていない。
それから、川島が注文せずとも、大将が見計らって、あれを飲めこれを食え、ともてなされた。後から、何組かの常連らしき年配のおじさんがやってくる度に、
「こいつ、うちの飛び込み。」
と川島を紹介し、川島も、
「かわはらの飛び込みです。」
と自己紹介をした。
なぜか大将に気に入られた川島は、それからちょくちょく、かわはらに寄るようになった。
かわはらのかわは、さんずいではなく、三本かわだから、お揃いだ、と言い合う仲になった頃。かわはらのカウンターで、焼き魚が出てくるのを待っていると、常連客がひとり、川島の隣に座った。




