藤田家
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
四箇格言の真言亡国ではないが、藤田家では代々、長男が取られることになっている。うちは由緒正しい家なんだぞ、が口癖だった祖父は、長男ではなく、次男だった。
祖父は、昔の人だった、いや、昔の価値観に生きた昔の人だったので、由緒正しいという自慢もあってか、身分に対する差別は、露骨だった。かといって、良い身分に対しても、戦争でのイヤな思い出も手伝って、嫌悪的だった。下の身分と思ってみたものには、悪口を言い、上の身分と思ってみたものには、嫌味を言う。ただ、川島にとっては、善きおじいさんだったので、川島としては、イヤな思い出はない。
祖父の子どもは、二男四女の6人。長男は、生まれてすぐ、病で夭折した。やんちゃな次男は、すくすくと何事もなく成長して、大人になった。しかしある日、仲の良かった末っ子の四女と共に海に遊びに行ったまま、行方不明となった。祖父は、とうとう、藤田家直系として家を継いだ、最後の男子となってしまった。
お家断絶の危機に、一計を案じた祖父の母、つまり母の祖母、川島の曾祖母は、長女夫婦、つまり川島の両親を呼び寄せた。川島の父も、祖父に娘との結婚を許されるくらいの家柄の出だったが、ちょうど、次男だったので、そういう事情でしたら、と藤田の家に入ったが、川島という姓は捨てなかった。それが、条件だったように思う。
長男を連れて、親子3人が、藤田家に住むようになって数年、次男が生まれ、長女が生まれ、子どもは、二男一女の3人となった。祖父の孫の可愛がりようは、少々、度を超えていたらしいが、よその家に嫁いだ娘たちの子どもたち、(厳密に言えば川島も外孫だが)外孫へも分け隔てなく愛情を注いでいたから、根っからの子ども好きだったのかも知れない。
ただ、曾祖母は違った。余所に嫁いだ孫が生んだひ孫たちと、家に戻ってきた孫の子どもを、厳格に線引きした。
川島の物心がついた頃、川島の兄が、海に遊びに出かけて、そのまま溺れて死んでしまった。母から洩れ伝わる嘆きと怒りの感情、そして、祖父から、お前は次男だから大丈夫だ、と言われた言葉を、よく覚えている。
そこからの、曾祖母の川島に対する執着は、尋常ではなかった。
小学校に入って間もなく、曾祖母が老衰で亡くなった。
その新盆。
家族そろって寝ていると、ひとりだけ、豆電球の薄明かりの中、目が覚めた。夏の盛りを過ぎようというころ、少し寝苦しい夜。妹と親の寝息が聞こえる。もう一度寝ようと、目をつむるが、なかなか寝付けない。二度三度、寝返りを打っては、眠れないことへの苛立ちを募らせていった。
とその時、川島の名を呼ぶ、曾祖母の掠れた声がした。ぴたり、と川島は止まった。
何度も何度も名前を呼び続ける声に、怖くなって、じっと目をつむり、タオルケットに身を包み、寝たふりをした。こうなってくると、暑くてタオルケットから放り出していた足を、タオルケットの中に入れて仕舞いたい。しかし、タオルケットはそこまで大きくない。頭を覆うと、足を覆えない。足を覆うと、頭を覆えない。タオルケットは、そんなに大きくない。体を縮こまらせて、タオルケットの中に全身をすっぽり入れて、ずっと呼び続ける声を、なんとかやり過ごそうと、うんうん唸っているうちに、疲れて寝てしまっていた。
翌朝、目を覚ました川島は、昨夜の出来事を思い出し、親に話すと、
「あんたのことを随分可愛がっていたからね。でも、連れて行ったりはしないだろう。跡を継いでもらわないといけないのだから。」
四十をこえて、未だ独り。母にも、曾祖母にも、何だか悪いな、という思い出話だが、終わりではない。まだ続きがある。肝心の本題に、入っていない。
川島は、思った。お化けが出ても、親が近くに一緒に居てこれでは、安心できない、と。じゃあ、もういっそ、ひとりで寝てもいいのではないか。
そのことを親へ伝えると、
「変な子だね、あんたは。」
と言いながらも、息子に甘い母親は、物置に使っていた小さな部屋を片付けて、部屋としてあてがってくれた。
やったやった、とその日から、川島は、その部屋で寝るようになった。
そんなある朝のことである。枕元に小人が2人、現れたのは。




