昼礼
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
車を降りると、向かい風だった。
トンネルから風が吹いてくる。向かい風だ。なのに、手に掴んでいるものだけが、逆にたなびいている。まるで、風向きや風速の目安にする、あの鯉のぼりのような、横風注意の標識に使われているあの、吹き流しが、風の強い日に、たなびいているような、そんな風になっている。
トンネルが、この手で掴んでいるものを、吸い込もうとしている。パッと手を離せば、テレビショッピングで、かつてよくみた、吸引力の強い掃除機に吸い込まれていく、パフォーマンス用の偽物のゴミのように、あのトンネルの奥へ吸い込まれていくだろう。
だが、まだ離さない。
「まあ、大丈夫だろう。」これが危ない。確かに、大丈夫なことが多い。結果、何も起こらないことが多い。だが、大丈夫じゃないこともある。長く、現場監督をやっていると、大丈夫だった多くの記憶よりも、ほんの数回起こった、大丈夫でなかったことの方が記憶に残り、悔いも残る。自分よりも長い経験年数の現場監督が、ずっとその調子(まあ、大丈夫だろう)でやっていることもある。幸運な男だ。川島は、幸運な男ではなかった。
しかし、万全の態勢で臨んで尚、大丈夫でなかったことは、なかった。台風対策をやるだけやった時に限って、何事もなく台風は通過する。台風が過ぎ去った後は、よく、みんなで「ちゃんとやった時は、何も起こらないよな。」と冗談交じりに言い合う。違う。みんな分かっている。やるだけやったからだ。きちんとやったからだ。それでも起こるのならば、どうしようもない。だが、それは起こったことがない。川島は、不運な男でもなかった。
万が一、ここで手をはなして、トンネルに吸い込まれ損なったなら、どうなる。後から反省はしても、後悔のないような行動を選んでいく。
川島は、トンネルの入り口に立った。そして、掴んでいるものをトンネルの中に入れて、パッとはなした。勢いよく灰色の何かは、トンネルの奥へと吸い込まれていった。
「反対側から出てるんじゃないだろうな。」
絵島に振り返って、
「送風機じゃないんだから。」
と答えて、車に戻った。
「1週間で、うわものは全部落とすよね?」
「ああ。だが、ガラの搬出に1週間みてくれ。嫌がられてて、ダンプが取れない。大久保だけで、大久保の乗る1台だけで、ピストンしないといけない。」
「オーケー。早めに、どれかひとつ基礎を上げて、杭があるかどうかを確認しておきたい。」
「わかったよ。」
2人は、スカルノが待つ、社宅に戻った。




