契約
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
美味しそうにビールを飲み干すと、オトコは、違うんだ、と言った。ツルハシ振り上げて、岩に立ち向かって掘った、と思っているなら、それは違う、とオトコは言った。禅寺の坊主が、ノミと槌だけで、何十年もかけたようなのを想像してないか。そうじゃない。使えるものは使った。今でもそうだろう。使えるものがあれば使うだろう。
確かに。
トンネルという言葉は、第二次世界大戦以降に使用され始めたという。以前は、隧道というのが一般的な呼び方だったらしい。
オトコは続ける。
ズルをしたつもりはないが、本当の意味で手掘り(本来は素掘りというらしいが)、つまり原始的な道具、原始的というのも大袈裟か、人力で想像されるような簡単な道具だけで、掘ってはいない。そのあたりを勘違いされたまま、感動されているのを、そのままにしておくのは、こっ恥ずかしい。
そこだけはどうしても訂正したかった。そこを訂正しておかなければ、自分たちの仕事に嘘を吐くことになる。隧道を掘り切った、それに傾けた情熱が嘘っぱちになってしまう。誇りを持ってやった。その間違いは、どうしても正しておかなければならない。
わかった、とこたえる。
「それが、化けて出てきた理由か。」
そうだ、とオトコは言う。
トンネルを開通させた後、それが最後の仕事だった奴、最初の仕事だった奴、何度目かの仕事だった奴、いろいろ居た。その中には、この隧道が人生一番の大仕事だった奴も居た。その内の何人かは、気にかけて、ずっと気にかけているうちに、トンネルに集まってきた。生きちゃいない。おっ死んだ後にだ。
トンネルを通る奴らで、谷底に落ち込む連中がいた。危なっかしいから、化けて出て、落ち込まないように見張ったりした。生きてる連中だって、バカじゃない。柵を拵えたりしていた。そのうち、ちゃんとガードレールができたり、トンネルに電気の灯りがついた。危なくなくなっていくにつれて、ひとり、ふたりとトンネルの奥に吸い込まれていった。成仏ってやつだろう。
そうこうしていたら、上に新しく広い道ができて、立派なトンネルも開通した。
俺たちのトンネルが、ほとんど使われなくなった。お化けが出るお化けが出ると、やんちゃな若い連中がやってくるくらいだ。そんな連中は、どうなろうと知ったことじゃない。またひとり、ふたりと仲間が吸い込まれていった。
竣工碑がどこかに移されることになり、トンネルの見守りは、手前共で勝手にやっていたことだったが、これでお役御免か、と吸い込まれるの待っていた頃、お前が来た。
気持ちを汲取った奴は、この何十年いなかったから、ありがたかったが、なんせ、少しだけ間違っている。小さい誤解だが、そこだけは正しておかなければならない。
何度も話しかけたが、まったく聞こうとしていない。一度、夜遅く、車で走っているところを追いかけて、窓を叩いてみた。驚いたから、これはいけると話しかけようとしたら、大声で喚いて、耳を貸そうとしなかった。こいつの間違いを正すまでは、成仏なんてできねえぞ、とこっちもむきになった。
生きている連中には、話しかけやすいのと話しかけづらいのがいる。どういう按配で分かれているのかはわからなかったが、窓を叩いたら反応したんだ、まったく聞かないわけではなさそうだ。とにかく、話しかけ続けていたんだ。
「そうか。」
きっかけは知らないが、話しかけられるようになったってことは、他の奴らも話しかけてくるようになるだろう。その中に困った奴がいたら、連れてこい。トンネルに吸い込んでもらおうじゃないか。それが、これからの新しい役目だろう。
先ずは、その手で掴んでるのを持ってこい。
この会話の記憶はあるが、いつ会話をしたのかわからない。そんな時間は、どこにもなかった。だが、オトコと話した記憶はある。
川島は、処分場を確保した。




