腕組仁王立ちの川島
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
指揮者をみると、シンパシーを抱いてしまう。誠に勝手ながら、こちらから一方的に、そう感じている。きっと、知りもしない、知ろうともしない、想像力の乏しい連中から、壇上で、棒を振っているだけの人、という扱いを受けてきたのではないか、と想像する。現場監督もそうだ。見ているだけの人、と思われている。同級生からも、見てるだけやろ、と言われたことがある。あまつさえ、職人、作業員から言われることもある。
その通り、見ているだけだ、と答える。想像もできない連中の為に、説明に割く時間などない。
だが現実は、見ているだけではない。通常なら、足場を組み立てる作業を、延々じっと見続けることなどない。現場は好きだが、現場にずっといるのでは、本来業務に支障をきたす。常時監視が必要な作業もあるが、この場合、そういう意味での常時監視が必要な作業ではない。ないが、監視をしている。監視をしていないと、何かが起こるのではないか、という直感から、監視をしている。
あご紐しろよ。安全帯掛けろよ。親綱先に張れよ。投げるな。落とすな。飛び降りるな。
一般的に、たまに見にくる程度でも、どれかひとつ、ふたつくらいは、小言を並べて安全を指導する、ものだが、今回は一切ない。鳶たちも、何かを察して、緊張感を持って、足場を組んでいる。あまりにも危ない所では、指示するまでもなく、作業を行う本人が安全作業をきっちりと行う。足場の1段目2段目くらいでは、おろそかになりがちだが、本当の高所で、本人が身の危険を感じる場所では、手間がかかっても、命綱は、かならず張る。
仮設足場の組立は、2日で終わった。
厳密に言うと、1日半で終わった。後は、防音シートを張って、養生足場組は、一旦終わりだ。数量的にも、人数的にも、時間的にも、その日で終わらせてもよかったが、川島は、月曜日にしよう、と言った。
土曜の夕方から日曜日の夜半にかけて、予報では少し風が吹く。これからシートを取りにいって、戻った頃合いに、徐々に風が吹き始める、という予報だ。強い風ではないが、明日、日曜日は、休工日だ。なんとなく、シートを張っておくのが嫌だった。絵島も、新田組も、川島に従った。
大久保は、元請けが決めることだから、としつつ、月曜にシートを運ぶのも自分なのか、と問いかけた。川島は、絵島を見て、絵島は、新田組の棒芯を見て、新田組の棒芯は、山田を見た。
「え?おれっすか?」
冗談だよ、と川島は、新田組の山下に連絡し、現状と方針を伝えて、お願いした。
電話を切ると、
「月曜も頼みます。連絡は、新田の山下さんからくるはずだから。」
と大久保に伝えた。大久保は、頷いた。
「じゃあ、今日は、終了ということで。お疲れ様でした。何もないと思うけど、最後、飛散物がないようにだけお願いします。残った仮設材は、月曜に出すの?」
そうだな、と絵島が新田組の棒芯にアイコンタクトしながら応える。
現場の隅々をチェックし、全員が帰ったのを確認し、バリケードを確認し、よし、と指差呼称をしてみた。
早く帰れるな。ひとっ風呂浴びて、飲みに行ってみるか。馴染みの焼き鳥屋に行って、皮を塩で、生を大で、最初の注文はこれでいこう。
なかなかスタートを切れなかった現場が進みだした。足場組立の終わりを棟上げに見立てて、祝い酒と行こう。気晴らし、ガス抜き、という意味合いの方が強いが。
川島は、仮設足場を組み終えた社宅を振り返り、また来週な、と愛車に乗り込んだ。




