霊能者、失踪
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
温泉に入ってから見に行くか、見に行ってから温泉に入るか。愛車は、温泉の駐車場に止めてある。ならば、温泉が先だろうな、と川島は判断した。
泊まりにして、飲みに出ようか、とも考えたが、つい最近、送別会をしてもらったところなので、ばつが悪い。温泉は、街から遠いし、ここは日帰りにしておこう、と決めた。
入浴料は、400円。手ぶらセットは、700円。温泉は好きだ。自前のお風呂セットもある。フケが出やすい頭皮で、自分の頭に合ったシャンプーを探し当てるまで、10年かかった。シャンプーは、決まったシャンプーでなければならない。お風呂セットを持つようになったのも、その頃からだ。今日も、当然持ってきている。400円を払って、脱衣所ののれん、男をくぐった。
いいお湯だった。1本140円の瓶牛乳を飲み干し、200円15分のマッサージチェアに揉まれながら、ごくらくごくらく、と余韻に浸っていた。
見に行くだけと思っていたが、せっかくここまできたのに、家を見るだけは、どうなんだろう。しかし、アポイントメントなんて取っていないし、呼び鈴を鳴らして初めましてをするのも気が引ける。なんて言えばいいんだ。誰に聞いたか、と問われて、宮田の名前を出すのも憚られる。宮田の紹介で行くわけではない。かつて、宮田が1度だけ話したことを思い出して、勝手にやってきただけだ。宮田の名前は出せない。インターネットで見てきました、というのが無難か。
でも、何て相談すればいい。事故が続いて、工事現場が前へ向いて進まない、とでも言えばいいのか。では、相談料はいくらなんだろう。相場が全然わからない。想像もつかない。宗教相手だから、高そうなイメージがある。自腹で?バカらしい。じゃあ、経費か。いや出ないだろう。そんなことで経費がおりたなんて話、聞いたことがない。地鎮祭や立柱式とは違うんだぞ。見るだけ、見るだけだ。
マッサージが終わった。温泉を出ていくと、車に戻らず、ストリートビューで見た通りに、山手に向かって坂道を上った。
あれこれ考えたのがバカみたいだった。
大平信子の家は、なかった。きれいさっぱりなくなっていて、花崗土、いや真砂土か、大平信子の家の跡地は、茶色い土で埋められて、整地されていた。
田舎あるあるだ。ストリートビューは、数年前のもので、更新されていないのだろう。
何もない。これで、お祓いの伝手は、途絶えた。
残念というよりも、川島は、何故か安堵していた。




