第24話 シアとお礼
ほとんど目と鼻の先という至近距離にいるシアが俺の瞳を見つめて愛おしそうに微笑む。
「こうやって天斗のすぐそばにいるとすごく安心します。すごく心地いいです」
「そ、それはなにより」
「はい! ‥‥‥だから、もっと近づいて、いいですか‥‥‥?」
そう言って、シアが俺の背中に手を回し、ゆっくりと俺に向かって、その何度見ても見惚れるような端正な顔を近づけてきた。
ゆ、油断した‥‥‥! いつもこういう状況にならないようにフラグを立たせまいと気を付けてたのに。これじゃあいくら力を入れて抵抗しても押し返せないぞ‥‥‥。
「シ、シア‥‥‥」
「ふふっ♪ そんな不安そうな声を出さないでくださいよ。別にとって食べたりはしませんよ! ‥‥‥ただ、お礼を言いたいだけですから」
「お礼‥‥‥?」
「はい!」
こつんとおでことおでこをくっつけてきたシアが目を瞑って噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「嬉しいんです。このベットとか服とか、私のために天斗にはたくさん色々なものを買っていただきました。ここに私の部屋を作ってくれました。天斗が『ここにいていい』って言葉だけじゃなくて、こうして実際に私の居場所を作ってくれたことがとても嬉しいんです。‥‥‥たくさんたくさんありがとうございます」
「‥‥‥どういたしまして。そんなに喜んでくれたなら掃除したかいがあったってもんだよ」
「はい! でも、これじゃあ私、もらってばかりですね。返しきれない恩がどんどん積み重なってしまします」
「気にしなくていいよ。俺がやりたくてやってるだけだし」
「そんなわけにはいきません! ちゃんと恩返しをさせてください。何か私にしてほしいことはありませんか?」
「ん~‥‥‥毎日ご飯作ってくれてるでしょ、洗濯ものもしてくれてるし、お風呂掃除とかもしてくれてるし、やって欲しいことは大体やってくれてるけどなぁ」
「それくらいはここに住まわせてもらう上で当たり前のことですよ! そうじゃなくて、こうもっとなにかないですか?」
その当たり前のことができない人が俺も含めて大勢いるんだよ。
正直、シアがここにいてくれるだけで結構助かってるんだ。家の中も明るくなったし、もう一人でパソコンをカチャカチャしていた時の空気感がとっくに薄れてしまった。俺自身にも影響があったのか、最近なにかと「雰囲気変わった?」って言われることも多い。
別にシアが来る前までの気軽な一人暮らしが嫌だったわけじゃないから、その変化が良いものなのか、悪いものなのかは分からないけれど。
でも、なんだかもうこうしてシアと一緒にいることが当たり前になってきて、もしもいきなりシアがいなくなったりしたら少なくないショックを受ける気がする。
だからまぁ、そうだな‥‥‥もし、今シアにしてもらいたいことがあるとしたら‥‥‥。
「‥‥‥シアが帰らなきゃいけない時が来るまでここにいてほしいかな」
「だ~か~ら~、もうっ! そんなのは当たり前のことなんです! もっとこうあるでしょう! 私にしかできないことが! この世のあらゆる金銀財宝を手にするとか、世界征服とか!」
「怖いわっ! そんなことしなくていい! ‥‥‥てか、え? できるの?」
「できます!」
まじか‥‥‥やっぱ俺、とんでもない存在と一緒にいるなぁ‥‥‥。時々忘れそうになるけど。
でも、そっか。シアにとってここにいてくれることは当たり前って本気でそう思ってくれてるのか‥‥‥。
「‥‥‥っ」
あれ‥‥‥? 今さっき、俺かなりこっ恥ずかしいこと言わなかったか‥‥‥?
今まで『ここにいていいよ』っていうことはよく言ってて、あくまでシアの意思に沿うようにしてきたけど、さっき言った『ここにいて欲しい』ってそれはなんか俺がそうしてほしいってことなんじゃ‥‥‥。
自覚したからだろうか、なんだか急激に顔に血が上って来た気がする。
いや、でも違うぞ! あくまで一緒にいたいだけでシアと恋人になりたいとかそういうんじゃないはずだ! うん!
「それで私にしてほしいことは——って、天斗、どうしました?」
「へっ!? な、なに?」
「いえ、なんだかお顔が赤いなって」
「そ、そんなことないぞ! それよりそろそろ起きようぜ!」
「えぇ~っ! もうちょっとこうしてましょうよぉ! ——ぎゅ~っ!」
「ちょっ!? 待て待て! 今はちょっとダメだから!」
シアがいつものように俺に抱き着いてくる‥‥‥けど、いつもとなんか違う!
俺と同じシャンプー使ってるはずなのになんだかとてもいい匂いするし、何がとは言わないけどマシュマロみたいに柔らかいし‥‥‥。
いつもなら適当にあしらえるのに、今はシアを意識しちゃったからかなんかドギマギしてヤバい! ‥‥‥ドギマギしてヤバいってなんだよ! 仕事しろ語彙力! 作家だろ、俺!
そうやってシアの抱擁から抜け出そうと必死にジタバタしていると。
——ピンポ~ン♪
玄関前で誰かがインターホンを押した音が聞こえて来た。
「ほ、ほら! 誰か来たから! いったん離れて!」
これ幸いにとシアを説得する俺。
「むぅ~‥‥‥私と天斗のギュッとタイムを邪魔する奴は誰ですか! 滅ぼしてやりましょう!」
「んな物騒なこと言うな!」
「じゃあ後でもう一回ギュッとさせてください!」
「それはムリ!」
「えぇ~‥‥‥」
流石に人が訪ねて来たのに無視するのはよくないことだと分かってるのか、不満そうにしつつもシアは素直に背中に回した腕を解いてくれた。
その間もまるで催促するようにインターホンが連打で鳴っていて、俺は慌てて玄関に向かう。
‥‥‥にしても催促の圧がすごいな。一体誰だ? さっきの業者さんが忘れ物でもしたのかな? まぁ、なにせよシアとちょっと離れたかったからナイスタイミングだ!
だけどこの時、シアのせいで余裕がなかったとはいえちゃんと誰が来たのかを確認しなかったのは痛恨のミスだった。
「はいは~い! 今行きますよ——っと」
しかし、それに気が付く前に開けてしまってはもう後の祭り。
「やっほ~天斗くん」
やってきたのはついこの間飲みに行った夢原と。
そしてもう一人、ドアの向こうにいる人物の顔を見た瞬間、さっきまで昇っていた顔の熱が急激に冷めていくのを感じた。




