第25話 天斗と担当編集
その顔が見えた瞬間、俺は即座にドアを閉めようとした。
‥‥‥が。
「‥‥‥どうして閉めようとするのですか? アマト先生?」
「ひゅあっ!?」
『ガンッ!』っと、ドアが閉まる寸前に挟み込まれた足により防がれる。そのパンプスには鉄板でもはいってるんですかね? すごい音がしたんですけど‥‥‥。
しかも、ドアをすごい力で手で抑えるおまけつき。わずかに空いた隙間から見えるその眼は軽くホラーで、思わず小学生の時にバイオハザードを見た時のような声が出た。‥‥‥初期のバイオハザードってめっちゃ驚かせて来るよね。
「早くここを開けてください?」
「あ、あはは‥‥‥ちょーっと待ってくださいね! ねっ!? 十秒くらい!」
「十‥‥‥一、はい。開けなさい」
「理不尽!」
おい! 今、三秒くらいだったぞ!
しかし、そんな俺の訴えなどもちろんこの人が聞くはずもなく、激しい攻防?(かなり一方的だった)の末、最終的に開け放たれる扉。夢原に助けを求めても苦笑されるだけで一切助けてくれなかった。薄情者め。
ドアが開いて、そこに立っていたのはスッと通った鼻筋に切れ長の瞳、こげ茶の長い髪は後ろで一纏めにし、デニムパンツに七分丈のカジュアルなジャケットを着こなしたできる社会人という雰囲気を纏う鋭利な女性。
一見とっつきにくい印象を覚えるものの、街中ですれ違えば思わず目を引き付けられるような美人だ。まぁ、向いた瞬間睨まれそうだけど。
それに、俺にはもうこの人は悪魔としか思えないのだけれどね。
なぜなら‥‥‥。
「さて、アマト先生。原稿を受け取りに来ました。もちろんできてますよね? 締め切りは昨日ですけど」
そう、この借金取りのような人、草薙紗季は俺の担当編集だからだ。
もちろんシアの部屋の掃除などをしてた俺は原稿の改稿なんてできている訳もなく。
冷や汗が噴き出してくるのを感じながらなんとか引きつった笑みを浮かべる。
「え、えっとですね‥‥‥できているんですけど、ちょ~っとまだできてないっていうか‥‥‥」
「‥‥‥どっちです?」
「すみませんできてないですはい!」
無理だぁ~‥‥‥ごまかせねぇ~‥‥‥本能が「お前はもう、負けている」って言ってるよ。
不機嫌そうに細められた目に、一瞬で謝罪モードになる俺。昔っからこの人には頭が上がらねぇんだ。
必死にこめつきバッタのごとくぺこぺこしてなんとか機嫌を取り戻してもらおうとしていると、紗季さんは「はぁ‥‥‥」なんてため息をついてやれやれな雰囲気が流れた気がした。
ふぅ‥‥‥何とか今日は許してもらえそうだ。実際遅れてはいるけど、本当にあとちょっとなんだよ。
具体的には赤を入れられたところを直して、紗季さんからのコメントを見ながら改稿して、気になったところに加筆、削減を繰り返す‥‥‥あれ、実は全然ちょっとじゃない‥‥‥?
ま、まぁ‥‥‥ベッドも来たし、今日はこれ以上の予定はないから、今から徹夜で書けば明日には仕上がるはず。
だから、紗季さんにはここはお帰り願おう!
「じゃあ、できるまで待たせてもらいますね」
「えっ? ちょ、ちょちょストップストップ!」
玄関に入ってきて上がろうとしてきた紗季さんを咄嗟に引き留める。
「なんですか? 何か不都合が?」
「えぇ‥‥‥ちょっと今は‥‥‥」
「それは原稿を仕上げるのよりも大事なことなんですか?」
「え、えと‥‥‥」
なにかやましいことがあるのか? という感じに俺の顔を覗き込んでくる紗季さん。さらなる冷や汗をだらだら流しながら顔を背ける。
この人が俺の家にづかづかと遠慮なく入ってくるのは、今みたいに締め切りに間に合わなかった時はいつも家にやってきて、リビングで待ってもらっていたからだ。
普段ならそれも別に構わないんだけど、今のこの家にはシアがいる。
一人暮らしの家に男女でいて、しかもそこに住んでるとなれば誰だって当然に恋人なのかとその関係性を勘ぐる。
別に夢原の時のように否定すればいいんじゃないかと思うかもだけど、この人はダメだ! 紗季さんにだけはシアとの同居をバレてはいけない!
何故なら、草薙紗季は‥‥‥拗らせすぎてるから!
「特にないならお邪魔しますよ」
「あっ、待って! 待ってください!」
俺は事情を知っている夢原に向かって視線を送る。ヘルプミー!
しかし、返ってくるのは両手を合わせての口パクだった。『ご・め・ん・む・り』。
くそっ! 夢原のやつ、この人になにか弱みでも握られてるのか? さっきから全然役に立たないじゃん!
それからどうやって紗季さんにお帰り願おうかと新たに作戦を考え始めて‥‥‥だが、時すでに遅し。
「天斗~、ずっと玄関にいてどうしました? 何かあったんですか?」
シアが自分の部屋からちょこんとこちらを覗き込む。
シアの部屋は玄関入ってすぐのところにあり、声だけではなくはっきりとその姿がこっちから見えてしまった。それは当然、紗季さんも同じで‥‥‥。
「‥‥‥はーん。‥‥‥ふーん。‥‥‥そういうことでしたか」
もともとジト目だった紗季さんの瞳が、さらにジトジトとしていく。若干ハイライトもなくなってる。
「なるほどなるほど。まぁ、アマト先生は現役の大学生ですし、そういう人がいてもおかしくはないでしょうけどねぇ」
「えと、いえ、その‥‥‥シアとは」
「とりあえず、上がっていいですね?」
「いや‥‥‥」
「い・い・で・す・ね??」
「‥‥‥はい」
明かに怒りと苛立ちに満ちたその言葉に俺は頷く以外の選択肢がなかった。




