10、鼓動
「ふわぁ~ぁ」
うーん、よく寝たなー。
今、何時だろう⋯⋯、もう昼の1時だ。
どうりでお腹が空いている。
学校もサボっちゃった。
メイドさんが、起こしに来たのかもしれないけど、私、起きなかったんだろうな。
洋服も、皺だらけだし、メイドさんにまた迷惑掛けてしまう。
「コンコン、シャーロットよ。失礼するわね」
「おはよう、シャーロット」
「まあ、起きてらしたの? 大丈夫なの、アンナ。昨日は声が大層おかしかったわ。それに言動もとても、とても、おかしかったわ」
シャーロットは私に近づき、私をくまなく見つめる。
「うっ、うん。大丈夫だよ。昨日喉痛かったけど、もう治ったみたい」
「アンナ、立って少し歩いて頂けないかしら」
「うん。いいよ」
私はベットから起き上がり、部屋の中を一周する。
シャーロットに心配かけないようにと、満面の笑みを浮かべて。
「昨日は、どことなくおかしかったのに、今日は元に戻ったわ。昨日のアンナは何だったのかしら」
「そうかな⋯⋯。そんなことないよ。それで、シャーロットは学校早退したの?お昼ご飯食べた?」
「アンナが心配で帰ってきてしまったの。昼食はまだですので、一緒に頂きましょう」
どうやら、昨日のマーリン師と私が入れ替わった件について、シャーロットをうまく誤魔化せたみたい。
私とシャーロットは食堂に行き、シャーロットは軽く、私はがっつりとお昼ご飯を食べる。
昼食を食べ終わり、私達はお茶を飲み、久しぶりにじっくりお喋りをした。
「アンナ、わたくし、1つご報告がございますの」
「なになに?」
「実は⋯⋯、実は、わたくし、第二王子と婚約することとなりました」
「わぁ~。良かったね、シャーロット、おめでとう。私、すっごく嬉しい」
「ありがとう。お互い、幸せになりましょう」
「でもね、実は私、第二王子を初めて見たとき、シャーロットとは性格が合わなそうだから、シャーロットが好きになるはずないと思ったんだ。そう考えると、シャーロットのお父様って、凄いよね。先見の明があるのかな」
「いいえ、わたくしのお父様は先見の明はありませんわ。ただ、人を見る目だけは確かですわ」
「なるほど」
「わたくしのお父様は、アンナのことも評価してますのよ」
「そうなんだ⋯⋯。ちょっと、ううん、とても嬉しい」
どこを評価してくれたのかわからないけど、シャーロットのお父様にそう言う目で見られたなんて、嬉しくて胸が熱くなる。
「それで、今度、婚約披露パーティーを開催する予定なの」
「楽しみにしているね。私、セイフィード様と一緒に行けるのかな?」
「えぇ、勿論ですわ」
「あ、もしかして王様もいるのかな⋯⋯?」
「おそらく、いらっしゃると思うわ」
「なんか、緊張してきた」
「わたくしもですわ」
シャーロットが第二王子と婚約なんて、素敵だな。
確か、第二王子はゆくゆくは辺境の地を治めるんだよね。
そうなると、シャーロットと遠く離れてしまうんだ⋯⋯、寂しいし、悲しいな。
それから私とシャーロットは、婚約披露パーティーの話で大いに盛り上がる。
どんなドレスを着るのか、誰を招待するのか、食事やデザートはどんなメニューになるのか、話は尽きない。
あまりにも、おしゃべりが楽しく、気づいた時には夕食の時刻だった。
セイフィード様のお話も気になっていたが、時間も時間なので、私は翌日学校帰りにセイフィード様の屋敷に伺うことにした。
「ご機嫌よう、セイフィード様。早速、お話を聞きに来ました」
「あぁ、話と言うのは、この図書室にも医術書を揃えたんだ」
セイフィード様は医術書が置かれた本棚を指差す。
医術書は本棚一面にぎっしり詰まっている。
「こんなに沢山、凄いですね」
「そうだろう。だから、もうマーリン師の研究所には行くなよ」
「どうしてですか。私、もっと研究所で勉強して、ゆくゆくはそこで働きたかったのに」
「働く?」
しまった、貴族は働いちゃいけないんだった。
もちろん官僚、軍人、学者、教師、法律家として貴族は働くことはできるけど、マーリン師の研究所で働くなんて論外だろう。
「ええっと、ボランティア的な感じで、何か研究のお手伝いが出来ればと思って⋯⋯」
「駄目だ」
「私、医術を肌で感じていたいんです。だから、マーリン師の研究所に行かせてください」
「なぜ、そこまで医術を勉強したいんだ?」
「私は、いつもセイフィード様に貰ってばかりだから⋯⋯、だから私も、セイフィード様に何か差し上げたいんです。でも、私にはお金も魔力も何もないから⋯⋯。だから医術を研究して、少しでも成果が出れば、その研究成果をセイフィード様にあげたいって思ったんです」
「その研究って、俺の母親の病気についての研究か?」
「そうです⋯⋯。いつか、セイフィード様、セイフィード様のお母様とお父様、私の4人でケーキを食べるのが私の夢なんです。だから、医術を研究するのは、私のためでもあるんです」
「それなら、マーリン師を講師として雇うか?」
「そんなの駄目です。マーリン師は偉大な研究者です。私のために研究の時間を割いて欲しくありません」
「だったら仕方がない、諦めてここで勉強するんだな。それに、俺も少しは医術の知識はある。何か行き詰まったら、俺に聞けばいい」
「それだと結局、セイフィード様に迷惑掛けるだけで、私は何もあげられなくなってしまいます」
「アンナ、アンナは既に俺が一番欲しいものをくれている」
「私が、私がセイフィード様の一番欲しいものを、あげられているんですか?それは何ですか?」
セイフィード様は、優しくふわっと私を包み込む。
「温もりだ。アンナのこの温もりだ」
セイフィード様から私にも、温もりが伝わる。
私も、セイフィード様の温もりが大好きだ。
それに、私はセイフィード様の胸の鼓動も聞くことができる。
セイフィード様の温もりに包まれて、胸の鼓動を聞くと、心までポカポカしてくる。
そっか、そうだよね。
私はセイフィード様にこの温もりをあげられているんだ⋯⋯。
「セイフィード様、この椅子に座ってください」
困惑するセイフィード様の手を引き、私はセイフィード様を椅子に座らせる。
そして、私はセイフィード様の足の間に入り、セイフィード様の頭を手で包み、私の胸へと引き寄せる。
「セイフィード様、私の胸の鼓動聞こえますか?」
「あぁ」
セイフィード様は目を瞑り、私の腰に手を回し、ぎゅっと力強く抱きしめる。
「私、セイフィード様の温もりに包まれて、セイフィード様の胸の鼓動を聞くのが大好きなんです。とても落ち着くし、幸せな気分になるんです。セイフィード様にもこの幸せをあげたくて⋯⋯。どうですか?」
「あぁ、幸せだ」
セイフィード様は眠っているかのように穏やかな表情をしている。
私は自然とセイフィード様の頭を撫でる。
セイフィード様の髪質って、私よりも硬いんだな⋯⋯。
「私、マーリン師の研究所に行くのはもう、諦めます。ここで勉強させて下さい」
「⋯⋯⋯⋯」
「あ、でも、最後にちゃんと、マーリン師にお礼は言いたいです。今度また一緒に連れてって下さい」
「はぁ⋯⋯、俺はアンナにほとほと、甘いよな。アンナ、うちの家がマーリン師に資金援助をしてるのは知っているだろう。その件で、月に一度くらいマーリン師の研究所を訪れる。結婚したら、その役目をアンナがすればいい」
「それって、その、つまり、月に一度、マーリン師の研究所に行ってもいいと言うことですか?」
「そうだ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
私は、嬉しくて、セイフィード様の頭にキスをする。
⋯⋯⋯⋯何してるんだっ、私。
どう考えたって、この行為は、恋愛上級者向けだ。
冷静になればなるほど、恥ずかしさで居た堪れない。
私はそっと、セイフィード様の手から逃れるべく、態勢を変える。
「どうしたんだ?」
セイフィード様の視線が熱を帯び、上目遣いで私を見る。
同時に、私の体が火のように熱くなる、このままでは黒焦げになっちゃう。
「あの、ええっと、早速、医術書を読みたいなぁーって、思いましてっ」
「そうか、わかった」
セイフィード様は私の腰に回していた手を緩め、私を解放する。
私は、恥ずかしさを隠すため、すぐに医術書が置かれた本棚に向かい、適当に本を取った。
すると、セイフィード様は私のすぐ後ろに立ち、また私の腰に手を回す。
そして、セイフィード様は、後ろから私の頬にキスをし、耳元で囁いた。
「アンナ、ありがとう」




